覚醒
「そうですね。申し訳ありません。変なことを訊いてしまいました」
謝辞を述べるアストリアの頭にクアトロは片手を優しく置いた。いくら平気な顔をしていても、当事者としては不安なことだらけなのだろうとクアトロは思う。
急に手を置かれたので、アストリアが少しだけびっくりしたような顔をしてみせた。
……驚いた顔も可愛い。
そんなことを思っていたら、クアトロの脇腹を突っつく小さな拳があった。
「何をそんな小娘に見惚れていて?」
……エリンだった。
自分の方がもっと見た目は小娘なのに。
クアトロは心の中で呟く。
「見惚れるのもいいけれど、いい加減にしておかないとそこのおっ化けが嫉妬の炎でクアトロのことを燃やしてしまってよ」
「はあ? エリン、何を言ってんの。私は別にどうだって……」
何故そう言いながらマルネロが赤くなっているのかクアトロには分からなかった。急に話を振られたからか、それとも少しここが暑いのだろうか。
「ほ、ほら! そんなことより何か蓋みたいのが開くわよ」
クアトロがそんなことを考えていると、マルネロが慌てたように言いながら指差した。マルネロが言うように、透明の蓋が静かに開き始めた。開いた蓋の隙間からは僅かに煙のようなものが出てくる。
「エネギオス、俺たちも近くに行くぞ」
クアトロはエネギオスを促して、トルネオと寝台のようなものに近づいた。トルネオは背後を少し振り返ったものの、近づいてくるクアトロたちを咎めようとはしなかった。
トルネオの横に立ってクアトロは寝台のようなものを改めて上から覗き込んだ。横たわっている女性の目はまだ固く閉じられていたが、先程とは違ってまぶたが痙攣するように動き始めていた。
「もう、目覚めますかね」
そんなトルネオの言葉に合わせるように女性の瞼がゆっくりと持ち上がった。自分を上から覗き込むクアトロたちに、目覚めた女性は焦点が合っていないような黒色の瞳を向けていた。
「……お目覚めでしょうか」
トルネオの言葉に返事をすることなく、女性はゆっくりと上半身を起こした。そして自分を覗き込んでいたクアトロたちを怪訝な顔をしながら見渡す。
「……貴様らは誰だ? どうやら天使ではないようだが」
「お前が神とやらなのか?」
クアトロが問いかけると女性は眉間に僅かな皺を寄せた。
「質問をしているのはこちらだ。貴様らは何者だ?」
苛立つ様子をみせた女性にトルネオが口を開いた。
「お久しぶりですね、クロエさん。お目覚めはいかがでしょうか?」
女性はトルネオに視線を向けると、その容貌のためか一瞬だけ言葉を飲み込む素振りをみせた。
「……何だ? この気持ち悪い骸骨は……おい、骸骨、なぜ私の名前を知っている?」
「へ……?」
トルネオは顎が外れたかのように大きく口を開けた。
「それにその赤い瞳、貴様ら魔族だな。なぜ、魔族がここにいる? 天使どもはどうした?」
トルネオにクロエと呼ばれた女性はクアトロに視線を向けた。次いでその背後に視線を向ける。
「そこの人族は……ふむ、そこの天使が連れてきたのか?」
クロエの黒い瞳はクアトロの背後にいるアストリアに向けられていた。
「貴様……」
嫌な感じだった。クアトロがそれを咎めようとした時、クロエは既に寝台の上にはいなかった。
……油断したか!
クアトロは心の中で舌打ちをする。
「ダース! エリン!」
クアトロが叫んだ時、既にクロエはアストリアの前に立っていた。
瞬間的な転移魔法のようだった。
それを見て腰の長剣を抜き払ったダースと防御魔法を展開しようとしたエリンが後方へ吹き飛ばされるのは同時だった。
次いでクロエはアストリアに手の平を向けた。瞬く間にアストリアが膝から床に力なく崩れ落ちた。一瞬、冷や汗を浮かべたクアトロだったが、アストリアの生命に別条はないようでクロエから放たれたものは精神系の魔法のようだった。
「貴様!」
クアトロの長剣とエネギオスの大剣が、それまでクロエがいたはずの空間を斬り裂いたのは同時だった。
「くそっ! ろりろり姫ごと転移しやがった!」
エネギオスが舌打ちをする。




