鬼みたいな顔
その後は一方的な展開だった。
竜の参戦で天使たちはすでに総崩れとなっており、加えて天使たちを率いていたミネルがクアトロによって葬り去られてしまった。そのような状況で、天使たちは抗う姿勢も見せずに撤退を開始したのだった。
魔人たちもバスガル侯が率いる魔族に急襲されて、態勢を立て直すことができなかった。早々に撤収を始めたのだったが、その背後から遅れて参戦してきたマルネロの特大魔法を放たれて屍累々の有様だった。
全ての天使と魔人が撤退したあと、バスガル侯がクアトロの下へやって来た。やはりバスガル候の右手首から先は消え失せている。
どんな事情で失ったのかは知らないが、片手だけであの大剣を自在に操つり魔人たちを相手にしていたのだ。やはり化け物といっていい爺さんだと、クアトロは改めて思う。
「クアトロ、無事か?」
「助かったぞ、バスガル侯」
クアトロが素直に礼を述べると、パスガル侯が豪快に破顔した。
「ほれ、この右手の敵をとったまでだ。それよりもクアトロのところに、ちびっ子がいただろう。姿が見えないが、どこにいるのだ? ちと、この右手が治らんものかと思って……」
バスガルはそこまで言うと、表情を曇らせているクアトロの様子に気がついたようだった。バスガルがクアトロの横にいるマルネロに視線を向けると、マルネロは無言で赤い頭を左右に振る。それでバスガルは何かを理解したようだった。
「そうか……相手はあの天使どもか?」
クアトロが頷く。
「ならば……これぐらいでは気が収まらんな。軍備を整えたら天上に攻め入るぞ。いい機会だ。魔族は天使を従えることにする! おい! グリフォード、どこだ? 急ぎ軍備を整えるぞ! グリフォード!」
勝手に天使を従えるなどと決めつけて、バスガルは声高に息子の名を呼びながら将兵の中に消えて行く。
「クアトロ……大丈夫?」
マルネロが黙したままのクアトロに声をかけてきた。クアトロは頷きはしたが、自責の念に囚われていた。なぜあの時、スタシアナやエリンを天上に行かせてしまったのだろうかと。
現状、こちら側の立ち位置を考えれば、スタシアナやエリンが天上の天使たちに敵視されるのは当然だった。
「クアトロ……」
奥歯を噛み締めるクアトロにマルネロもかける言葉がないようだった。
その時クアトロとマルネロの真正面にある空間が揺らぎ始めた。やがて揺らぎの中からいつもの素っ頓狂な声が聞こえてくる。
「あれえ? クアトロ様、どうしたのですか? 珍しく深刻な顔をしていますね。お腹でも痛いのですか?」
「トルネオ……」
敵の新手と考えていたのか、マルネロが少しだけ安堵の声を出す。
「それにしても凄い魔族の数ですね。この感じでは、天使も魔人も撃退したのでしょうか? いやあ、急いで駆けつけたのに、意味がなかったですね」
トルネオはどこまでも能天気にそんなことを訊いてくる。
「トルネオ……スタシアナやエリンと一緒だったんじゃないのか?」
クアトロの問いかけにトルネオは大きく頷いた。
「ええ、一緒でしたよ。それが聞いてくださいよ、クアトロ様。天上でミネルとかいう鬼みたいな顔をした天使たちに囲まれてしまいましてね。いやあ、やっぱり私と天使は相性が悪いですね。どうにもならないので、私だけは何とか逃げ出すことができた次第で……へ?」
そこまで言うとトルネオが、びくっと肩を震わせて二歩、三歩と後ずさりを始める。
「あれ? クアトロ様も、マルネロさんも凄く恐い顔ですよ。何だか鬼みたいな顔になっていますよ? それにクアトロ様は剣を抜いているし、マルネロさんの手のひらには炎の玉があるような。嫌ですよ。そんな冗談は……」
「トルネオ、貴様、スタシアナたちがどうなったと……」
クアトロは怒気を発しながら一歩を踏み出す。その時だった。




