お元気なようで
「古代種の……竜か?」
クアトロが呟く。
滑空してきた巨大な黒い影は古代種の竜だった。自分たちのさらに上空から出現した竜に、天使たちは瞬く間に大混乱となる。
古代種の竜は天敵と言うべき天使たちを前にして戦意が上がっているのか、炎を吐き、噛みつき、引き裂き、薙ぎ払いと大暴れをしている。
「ほう……これはアストリア様のお力ですね。これで天使たちはこちらを構っている余裕などはないでしょうね。であれば、あとは……」
ヴァンエディオが地上に多数現れた空間の揺らぎに視線を向けた。空間の揺らぎは収まりつつあって、魔人たちがその姿を見せ始めていた。その数は天使同様、数百を遥かに超えている。
「中々の数ですね。早いところエネギオスさんたちに戻ってきてもらわないと、さすがに厳しいでしょうか……」
ヴァンエディオは感情が少しもこもっていないいつもの調子で淡々と言う。
仕方ないなとクアトロは思う。ここは最後の魔力を振り絞って……。
クアトロがそう決意した時だった。
魔人たちの左手に特別大きな空間の揺らぎが発生した。
何か……嫌な予感しかしない。
その予感を裏づけるように、片手で化け物のよう大きな剣を振り回しながら出てくる者がいた。その者は出現し始めた魔人たちの一群に向かって、一直線に突入していく。その横顔は楽しげにも見える。
「バスガル侯……」
呟くクアトロの顔は当然、呆れている。
「変わらずお元気なようで」
さすがのヴァンエディオもそれを見て苦笑を浮かべている。
大規模な空間転移だった。先頭に立って片手で大剣を振り回しているバスガルに続けとばかりに、魔族の将兵が一斉に雪崩れ込んできた。
「なあ、ヴァンエディオ……あの爺さん、左手で大剣を振り回しているが、右手はどうしたんだ?」
雪崩れ込んできた魔族の将兵たちを見ながら、クアトロが素朴な疑問を口にした。
「さあ……ですが、お元気そうなので大丈夫かと」
まあよく分からないが、あのバスガル侯であれば大丈夫だろうとクアトロも結論づける。
空間転移で出現した魔人たちだったが、同じく空間転移で出現した魔族たちに横手から予期せぬ形で襲われる格好になり、こちらも上空の天使同様に大混乱に陥っていた。
形勢が一気に傾いていた。上空では古代種の竜が暴れまわっていて、天使たちは右往左往しているだけ。地上ではバスガル侯を筆頭に魔族の将兵が暴れ回っている。
天使にとっては古代種の竜は最悪の相手であるといってよかった。何せ古代種の竜は魔法に対しては絶対的な耐性を持っている。戦闘の主体が魔法である非力な天使にとっては、非常に分が悪い相手だった。
「魔族ごときが舐めおって!」
気づくとミネルがクアトロたちの上空にいた。端正だった顔は醜悪な物に変わっていて、それは鬼の形相と言ってもよかった。
「舐めているのは貴様らだろう? スタシアナとエリンの代償は、同じく貴様らの命で賄ってもらう。貴様ら天使はここで根絶やしだと言ったはず」
「舐めるな、魔族風情が!」
怒りがこもった声とともに、ミネルから金色の光がクアトロに向けて放たれた。
「遅い……な」
次の瞬間、クアトロの体はミネルの背後にあった。
「天使だけが飛べると思うなよ?」
クアトロはさらに低い声で言葉を続けた。
「アストリアとエリンをあの姿にしたのは……貴様か?」
「だったらどうする!」
ミネルが振り向きざまに片手をクアトロに突き出した。突き出された手の平にはすでに金色の光が集まりつつあった。
「そうか……」
クアトロの長剣が一閃した。ミネルは自分に何が起こったのか分からないようだった。クアトロに向かって差し出していた片手が、気がついた時には地上に落下している。
「あ……あ?」
ミネルの顔が驚きと苦痛で大きく歪んだ。
そして次の瞬間、ミネルの頭部は苦痛で大きく歪んだ顔のままで、胴体と分離したのだった。




