奥義
「奥義、首なしトルネオー」
これで何度目だったろうか。
スタシアナの可愛らしい声が響き渡ると、逃げ出す途中で遭遇した天使に向かって、頭のない骸骨がとてとてと駆けて行く。
するとなぜか天使たちは白目を向いてその場で昏倒してしまうか、半狂乱で逃げ出して行くのだった。
トルネオの頭はスタシアナの小さな両手の中にあった。
天使ってこんなにも骸骨を恐れるものだったかしら。
自身も天使であるのにもかかわらず、そう考えるエリンだった。
「くっくっくっく……」
スタシアナが可愛らしい声ながらも嫌な笑い方をしてみせる。
「天使が忌み嫌う不死者。まして首がないとなれば、それは最早、恐怖でしかないんですよー」
何となく分からない理屈ではないのだが、それでは自分やスタシアナはなぜ、他の天使たちが見せるような恐怖を感じないのだろうか。確かに気持ち悪さはあるのだけれども……。
「ねえ、スタシアナ姉様、何で私たちはトルネオが怖くないのでしょうか?」
エリンのその問いにスタシアナはこてっと首を傾げて見せた。
「……」
予想外の質問だったらしい。スタシアナはそのまま黙ってしまう。
「スタシアナ姉様?」
「う、うるさいのです。いつもエリンはうるさいのです。そんなのぼくたちが、トルネオを知っているから怖くないのです!」
スタシアナはそう言って、トルネオの頭を片手で持つと、残る片手の小さな握り拳を振り上げた。
まあまあと言って、頭だけのトルネオが止めに入る。
「スタシアナさん、何か私、進化したみたいですよ。なぜか頭がなくても、そこそこ自由に歩けるようになってきましたよ」
「ほえー、凄いのです、トルネオ。かっちょいいのです!」
エリンには何が凄いのかも、格好いいのかも分からなかったが、スタシアナは嬉しそうだった。
「さあ、このまま行きますよー。そしてリベリべにお仕置きするんですよー」
スタシアナは張り切ってそう言うのだった。
建物の外に出ると、エリンたちが捕らえられていた場所は、天使たちが居住している大神殿の一角にある建物だった。当然と言えば当然の話である。
エリンたちが建物から出てくると、そこには警備を担当しているらしき天使たちが待ち受けていた。その数、三十名ほどだろうか。
「ほう、これはなかなかですね……」
トルネオが呟くように言って、さらに言葉を続けた。
「スタシアナさん、エリンさん、魔法は使えるようになったようですね」
「それはそうなんですよー。ここで魔法封じを行ったら、彼らも魔法が使えなくなりますからねー。実際、あの建物では誰も魔法が使えなかったですからねー」
「え? そうだったのですか、スタシアナ姉様?」
確かに……。
だから建物内で会った天使たちはトルネオから逃げ出していたのだ。自分たちも魔法が使えない以上、非力な天使としては不死者に対抗する術はない。
そう合点がいったエリンだった。しかし、これで魔法が使えるからといって、ここに集まっている天使たちと、ことを構えるわけにもいかないだろう。
エリンはそう思って横にいるスタシアナの顔を見た。
やはりと言うべきか、すでにスタシアナがぷんすかと怒り始めていた。
「何でぼくの邪魔をするんですかー」
スタシアナはそう言って、両腕をぐるぐると回している。
「スタシアナ姉様、ここは穏便に……」
そんなエリンの言葉など、全く耳に入っていないようだった。
「リベリべ、いるんですよね? ぼくの邪魔ばかりして。早く出て来ないと、酷い目に合わせるんですよー」
早く出て来ても酷い目に合わせるのだろうとエリンは思ったが、それを口にはできない。
「スタシアナさんってば、そんなに怒らなくても……」
そう言いながら、見た目は若い成人女性ぐらいに見える天使が姿を現した。真っ直ぐな黒髪と黒色の瞳を持つ天使だった。




