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魔王の花嫁  作者: yaasan


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反撃開始

「私をどうするつもりですか?」


 鉄格子越しに見える魔人に向かってアストリアはそう言った。閉じ込められた以上、すぐさま身に危険が及ぶことはないのだろうとアストリアは考えていた。


 それよりもクアトロが心配だった。クアトロの宙を舞った右腕。それが今でもアストリアの脳裏に焼きついていた。思い出すと可哀想で悔しくて涙が滲みそうになる。


 側にスタシアナがいたので最悪の事態は避けられているとは思う。天使の力は絶大だ。死者の魂さえも呼び戻してしまうのだから。しかし、魂の復活には危険も伴うと聞いている。記憶の一部が失われたり、身体能力の一部が失われたりもする。何もかもが完全にとはいかないはずだった。


 ダースにしても同様だった。責任感が強い彼のことだ。目の前でアストリアを連れ去られたのだから、今頃は強く自分を責めているはずだった。


「ほう、泣き叫ばないとは大したものだ。人族の娘、魔人のこの俺が怖くないのか?」


 怖くないはずがないとアストリアは思う。でもクアトロや皆にあんなにも酷いことをしたこの者に、弱い部分を決して見せたくはなかった。それがせめてもの意地でありアストリアの抵抗だった。


「何が目的なのですか? 皆にあんなに酷いことをして」


 アストリアは声が震えないように注意しながらもう一度、口を開いた。


「皆? 酷いこと?」


 魔人は少し考える素振りをして、やがて合点がいったように頷くと口を開いた。


「あの魔族や天使どものことか? あいつらは単なる何も知らない道化だ。この件の本質的な部分じゃない」

「道化……」


 アストリアは唇を固く噛み締めた。皆が道化呼ばわりされていることも悔しいのだが、それ以上に反撃する術が自分には全くないことが悔しかった。


「そう言えば自己紹介がまだだったな。私はナサニエル。これでも魔人の四分の一を統べている」


 魔人の社会は知らないが、魔人の王ということなのだろうかとアストリアは思う。


「……私をどうするつもりですか?」


 アストリアはもう一度訊いた。


「人族如きが知る話ではないな。お前は来るべき時が来たら鍵となるのだ。ただそれだけの話」


 来るべき時が来たらと言うのであれば、やはりその時まで身に危険が及ぶことはなさそうだった。アストリアは少しだけ安堵すると、深緑色の瞳を再びナサニエルに向けた。


「あの古代種のドラゴンは、なぜあなたに従っているのですか?」

「質問ばかりだな、人族の娘」


 ナサニエルはそう言うと唇の端を少し歪めて持ち上げた。その顔を見ているとアストリアの中で恐怖と生理的嫌悪が渦巻く。


「まあ、いい。あれは私に従っているのではない。敢えて言うのであれば、神に対する恨みを根源として私と共闘しているだけだ」

「共闘……」

「話は終わりだ。直に私の配下が天上から来る。食事などはそれらに言え」


 ナサニエルはそう言うと鉄格子の前から踵を返した。ナサニエル以外の魔人も天上から地上に来るのかとアストリアは思う。五人なのか、百人なのか、千人なのか。あるいはそれ以上なのだろうか。


 一体、何が始まろうとしているのだろうか。ナサニエルは自分を鍵だと言ったとアストリアは思う。鍵とは何なのだろうか。分からないことだらけだった。


 クアトロは大丈夫だっただろうか。マルネロや皆も怪我などなかっただろうか。自分の為に皆を危険な目に合わせてしまったと思うと、悔しくて悲しくなってくる。でも泣いても解決はしないことは分かっていた。泣くまいとして目尻の奥に力を込めた時、アストリアの視界に小さな動く影があった。





 将兵が一万に上るクアトロに率いられた魔族の士気は高かった。魔族は元来、強者との戦いを好む種族だ。よって今回の相手が上位眷属の魔人となると更に戦意が高揚するというものだった。


 パラン神殿に至るまでに古代種のドラゴンも含めた魔人側からの襲撃も考えられたのだったが、結局は何の障害もないままで魔族の将兵一万はパラン神殿を包囲した。


「随分とでかい神殿だな」


 エネギオスが率直な感想を漏らした。


「過去の遺物ということ以外は何も知られていない神殿です。中がどうなっているかも記録がないですね」


 ヴァンエディオが淡々と言う。


「ここに来るまで魔人の襲撃もなかったし、やっぱり相手はあの魔人と古代種のドラゴンだけなのかしら」


 マルネロの言葉にヴァンエディオは一瞬、考える素振りを見せた。


「どうでしょうか。あの魔人がたった一人でと考えるには、この話は大きいような気がします。事は邪神の復活ですからね。あの魔人が天上でどういう立場なのかにもよりますが、一人だけとは思えませんね」

「面白い。十人だろうが一万人だろうが同じだ。全て排除してアストリアを連れ帰る」


 クアトロは赤い瞳を燃えるように輝かせるとそう言った。


「お? いつもの調子が戻ってきたじゃねえか。派手に行くとするか、クアトロ」


 エネギオスが気負った様子もなく軽い調子で言う。


「きっとアストリアもクアトロや私たちのことを心配してるわよ。早く救い出さないとね」


 マルネロも赤い瞳を輝かせながら言う。


「クアトロを虐めた罰です。ゆっくり消滅の刑です」


 スタシアナが杖を両手で意味もなくぶんぶん振り回している。


「スタシアナ姉様の敵は私の敵ですからね。綺麗に地上から消えてもらいます」


 エリンが妖艶な笑みを浮かべる。


「アストリア様、今、お助けします」


 ダースが呟くように、それでいて力強く言う。


「我が主を傷つけた罪、その代償を払っていただきましょうか」


 トルネオが禍々しい空気を周囲に発しながら言う。


「皆さん、血の気が多いようですね。ま、私は魔人が嫌いです。私の目が届くところで好き勝手にされるのは不快ですね」


 ヴァンエディオが感情の籠らない口調で言う。


「よし、行くぞ!」


 クアトロがそう力強く言い放つのだった。

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