アストリアと小鬼
「面倒な役目だな。人族の世話など」
アストリアが閉じ込められている檻の前で長身の魔人が言った。赤い瞳は自分が見知っている魔族と何ら変わりはない。
だけれども、そこから発せられる恐怖、嫌悪感はナサニエルと同じだった。だから彼らも同じく魔人なのだろうとアストリアは考えていた。
「その時が来るまで、傷ひとつ付けるな。それがナサニエル様からの命よ。違えたら殺されるわよ」
その魔人の少し離れたところからそんな声が上がる。女性なのだが、彼女も魔人で間違いないのだろう。
「アニシャ、地上に来て早々、人族の娘を世話する俺の身にもなってみろ。こんなことなら、配下を何人か連れてくるのだった」
長身の魔人は、その女性の魔人をアニシャと呼んで愚痴を続けていた。
「まあ、ローレンの気持ちも分かるけどね。でも、可愛らしい人族の娘じゃない」
アニシャと呼ばれた魔人はそう言って、鉄格子越しのアストリアに赤い瞳を向けた。それだけでアストリアの背筋に冷たいものが走る。
「ふん、人族の娘なんぞに興味はないな」
ローレンと呼ばれた魔人もアストリアに赤い瞳を向けた。
「だがこの娘、魔族の王とやらと関係があるらしい」
ローレンがアニシャにそう言う。
「魔族の王って……この娘、人族でしょう?」
「詳しくは知らないが、魔族の王国からこの娘をさらって来たらしい」
「ふうん、魔族のところに人族がね。魔族と人族の混血が進んでいるとはいっても、信じられないわね」
アニシャはそう言うとアストリアに再び赤い瞳を向けた。
「あなた、純粋な人族なんでしょう? 魔族の王とやらのところに何でいたのかしら?」
その問いにアストリアは答えなかった。固く口を結んでいる。
「あら、答えないなんて生意気な娘ね。ナサニエル様が必要としていなかったら、今のだけで殺しているところよ」
「そういえば魔族の王が取り戻しに来るかもしれないと、ナサニエル様が言ってたな」
「あら、怖い。そうね。魔族の王ならたくさんの魔族を引き連れて来るのかしら」
言葉とは裏腹に、アニシャの顔のどこにも恐怖などは浮かんでいなかった。
「下位眷属の魔族がいくら集まったところで、脅威にはならんさ。あるのは面倒だけだ」
「可哀想ね。そんなったら、魔族の王も含めて皆殺しになるのかしら」
アニシャはそう言って薄い笑いを顔に浮かべた。
「あら、可愛いわね。そんな青い顔をしちゃって」
青ざめているアストリアを見て、アニシャが再び薄く笑う。
「それぐらいにしておけ。おい、そこの人族、食事は三度、持って来てやる。何か用事があればその時に言え」
ローレンはそう言い残すと、アニシャを伴って鉄格子の前をあとにした。
ローレンとアニシャの足音が消え去ってから、ゆっくりと十を数えてアストリアは大きく息を吐き出した。
「もう……大丈夫ですよ。出て来ても」
アストリアが小声で声をかけた。すると物陰から二体の小鬼が出て来る。
「静かにしていて下さいね」
アストリアはそう言って、立てた人差し指を唇の前に持っていった。小鬼たちはその意味が分かるのか、小声でうぎゃうぎゃと言っている。
どうやらこの小鬼は王都から連れ去られるアストリアを見て、何事かと着いて来たようだった。
一体、天上から魔人は何人来ているのだろうか。ただ、ローレンとアニシャの口ぶりからは、それほど多くの魔人が来ているとも思えない。
クアトロが無事であれば、必ず自分を助けに来ようとするだろう。他の皆も同様だ。
あの時、片腕を切り飛ばされたクアトロのことを思うと、再びクアトロたちが魔人と対峙した時、全員が無事で済むとは思えなかった。しかも、今はあの時のように魔人が一人ではなく、何人もいるようなのだ。
そう考えるとアストリアは自分の胸が苦しくなってくるのを感じる。
自分を助けてほしいし、何よりも魔人は怖い。人族として本能的に根源的な恐怖を感じる。でも、それ以上にアストリアはクアトロたちのことが心配だった。
気づくと一体の小鬼が、心配げな顔つきでアストリアを見ている。もう一体の小鬼は鍵が閉まっている扉を開こうと、懸命に鉄格子の扉を引っ張っていた。
アストリアは深緑色の瞳をそんな小鬼たちに向けて優しく微笑んだ。
「ありがとう。心配をかけてしまいましたね。あなたたちが来てくれて、とても心強いです。でも、魔人に見つかったら大変です」
アストリアの言葉に小鬼たちは、うぎゃっと言って小首を傾げて見せた。
「私は大丈夫です。あなたたちは、クアトロさんに魔人が一人ではないことを伝えて下さい。それが私の、あなたたちの女王として望んでいることです」
うぎやっ、うぎやっと小鬼たちはアストリアに言葉を返したのだった。




