苦悩
やり場のない怒り、そして自己嫌悪と焦燥。
それらが順にクアトロを責め立てていた。まさに何かを、玉座の上にもかかわらず叫び出したい気分だった。
あそこまで簡単に己の片腕を斬り飛ばされ、容易く魔人にアストリアを奪われてしまったのだ。その怒りと自己嫌悪は、今まで経験したことがないほどに大きなものだった。
「そんな顔をするな、クアトロ。マルネロとスタシアナが困っているぞ」
エネギオスの言葉にクアトロがマルネロとスタシアナの顔を見ると、二人とも珍しくうなだれていた。
ふたりに罪があると言うつもりはない。自分自身、右腕を斬り落とされただけで、アストリアが連れ去られるのを阻止できなかったのだ。
クアトロはそのまま、ダースに視線を向けた。アストリアの騎士を自称するダースに至っては、今にも死にそうな青い顔をしている。放っておけば、そのまま腹の一つでも斬ってしまいそうな様子だった。
「クアトロ、ごめん」
「クアトロ、ごめんなのー」
何度目かのマルネロとスタシアナが謝罪する言葉だった。
「気にしなくていい。次は俺も遅れを取ることはない」
そうは言ったものの、内心は焦りしかなかった。それにトルネオからの報告を待つ以外にないのが何とももどかしい。
そこへヴァンエディオを伴ってトルネオが玉座の前に姿を見せた。
「不死亀虫が戻って参りました。ギニカ山脈の神殿にアストリア様は連れて行かれたとのことです」
「ギニカ山脈の神殿というと、古代に建てられたと言われているパラン神殿ですね」
ヴァンエディオは合点がいった顔をしている。どういうことだといった顔をクアトロがすると、ヴァンエディオは言葉を続けた。
「伝承では、あの神殿は神や天使が、邪神と戦った頃の遺物だと言われています。アストリア様と同様に、邪神の封印に関係しているのかもしれませんね」
「ろりろり姫が封印とやらにどう関わっているのか知らんが、どちらにせよ急いだ方がいいだろうな。で、どうするよ、ヴァンエディオ?」
エネギオスがそうヴァンエディオに尋ねた。
「相手があの魔人と古代種の竜だけとは限らないでしょうね。ここは一万の軍を持って神殿を包囲。神殿への突入は我ら四将とトルネオさん、エリンさん、そしてダース卿が妥当かと」
「ま、軍を動かすのはともかく、いつもの面子だな。どうだ、クアトロ?」
エネギオスにそう訊かれてクアトロは口を開いた。
「異論はない。半日後に王都を出立するぞ。エネギオス、準備を頼む」
エネギオスは軽く頷くと踵を返して玉座をあとにした。それを無言で見送ったのち、スタシアナが口を開いた。
「クアトロ、もう大丈夫なの? たくさん血も出たのに……」
「大丈夫だ。もともと血の気が多いからな。それよりもアストリアが心配だ」
クアトロの言葉にスタシアナがたちまち、むーといった顔になる。
「ぼくはクアトロの心配をしているんです。アストリアも心配だけど、今は関係ないんです」
スタシアナはそう言って、ぷーっと膨れて横を向いてしまう。
さっきまでは珍しく萎れていたくせにと思ったクアトロだったが、さすがにそれを口には出せなかった。
「あらあら、魔族の王は本当に女心が分かってないのね」
そう言ったエリンだったが、すぐさまスタシアナにぽてっと頭を叩かれてしまう。
「エリンは少しうるさいです。アストリアは大丈夫です。クアトロを虐めたんです。あの魔人をゆっくりと消滅の刑にしたあと、ぼくが助けるんですから」
今度はそう言って、スタシアナはぷんすか怒り始めた。
ゆっくりと消滅の刑……よく分からないが何だか嫌な刑だとクアトロは思う。
「ちょっと待って下さい、スタシアナさん。あの魔人はっ渡しの獲物です。我が主を傷つけたこと、その代償は払っていただきます」
「不浄な者のくせに生意気なのー。びよーんですよー」
スタシアナがそう言って両手をぶんぶん振り回すと、トルネオが大仰に仰け反ってみせた。それを見てクアトロは思わず苦笑を漏らした。そもそも自分は、トルネオの主などになったつもりはないのだ。
苦笑を浮かべたクアトロを見て、マルネロが微笑みかけてくる。
「大丈夫よ、クアトロ。アストリアを直ぐに殺すつもりなら、彼女を連れては行かないはず。連れ出した以上は、あの魔人にそれなりの目的があって、それが終わるまでアストリアにきっと手を出さないから。それに、何であろうとアストリアは、私が絶対に助けるんだからね」
そう言うマルネロにエリンが皮肉めいた視線を向けた。
「マルネロとやら、珍しくクアトロに色目を使うわね」
「はあ? 何を言っているのかしら、そこのはなちょこ天使は? もう少しだったのに。竜の炎で丸焼け天使の出来上がるのは」
「はあ? 随分と生意気ね。おっぱいだけが取り柄の第百夫人のくせに」
「誰がおっぱいだけが取り柄なのよ! 膨らみの欠片もない平坦天使に言われたくないわね!」
「はあ? 消すわよ!」
「はあ? 燃やすわよ?」
彼らにもいつもの調子が戻ってきたようだった。それに対して少しだけクアトロは安心をする。
そして、焦る気持ちを抑えながら、クアトロは出立の時を待つのだった。




