怒れるトルネオ
「もう無理ー」
「はあ?」
マルネロの眼前にエリンと炎が迫る。落ちてくるエリンを抱きとめたマルネロは迫り来る炎に身を固くした。
さすがに不味い。
マルネロは思わず両目を固く閉じた。
「防御壁!」
危ないところだった。
竜の炎に飲み込まれる前に、誰かが防御魔法を展開してくれたようだった。魔法を展開してくれた主を求めて視線を動かすとそこには……骸骨がいる。
トルネオに助けられたと思うと、何だか少しだけ悔しい。
古代種の竜は魔人を追って上空へと飛び立って行く。
「スタシアナ、奴らを追え! アストリアが……」
クアトロが自分に治癒魔法をかけているスタシアナの体を押していた。
「クアトロ、動いちゃ駄目なのー」
スタシアナが手にした杖で、いきなりクアトロの暗い灰色の頭を、ぼかっと殴った。クアトロはそのまま目を閉じて動かなくなってしまう。
スタシアナ……やる時はやるわね。
でもクアトロ、今ので死んじゃうかも。まあ死んだら天使の力で生き返らせればいいのだけれども……。
「ひでえ有様だな。大負けだ」
そう言いながら姿を現したのは、大剣を肩に担いだエネギオスだった。
「はあ? 何で人ごとなのよ? あんたがさっさと来ないから、こんなことになったのよ。この筋肉ごりら!」
マルネロはエネギオスにやり場のない怒りをぶつけた。
「まあ、魔人だけじゃなく古代種の竜がいたんじゃ魔導師と天使には、ちと荷が重いな。それとごりら言うな」
エネギオスにも思うところがあるのだろう。マルネロの辛辣な言葉にも反論はしなかった。
「クアトロの様子はどうだ?」
エネギオスはスタシアナに視線を向けた。クアトロはスタシアナの膝の上に頭を置いて横たわっている。ぴくりとも動かない。
「大丈夫。血をたくさん流したから、気を失っているだけなんですよー」
治癒魔法をクアトロに施しながら、スタシアナがそう言う。気を失ったのは出血のせいじゃなくて、スタシアナに頭を殴られたせいなのではとマルネロは思う。
そこに切断されたクアトロの片手を持って、エリンが戻ってきた。
「スタシアナ姉様、何だかこれ……気持ち悪いのだけれど……」
そんなことを言いながらエリンはクアトロの片手をスタシアナに差し出した。それを受け取りながら、スタシアナがエリンに、むーといった顔向ける。
エリンはスタシアナのそんな顔に気がつくと、ひっと喉の奥で声を出して顔を引き攣らせた。
「手はくっつきそう?」
マルネロはスタシアナに尋ねてみる。
「大丈夫ですよー。くっつかなかったら、生やすんですよー」
天使の力で手は生えるものなのだろうか。
そう思ったマルネロだったが、真剣に治癒魔法を施すスタシアナの横顔を見て、余計なことを言うのは止めにする。
「まあ、あれだな。ろりろり姫をさらうだけでなく、俺の弟分をこんなにしたんだ。落とし前はつけさせて貰わないとな」
エネギオスが不敵な笑みを浮かべた。
「ぼくも許さないんですよ。クアトロを虐めて。あいつら、ゆっくりと消滅の刑です!」
スタシアナの言葉に、何だかよく分からない刑だとマルネロは思う。
「それよりヴァンエディオはどこですか? こんな大事な時に」
今度はヴァンエディオに八つ当たりを始めて、スタシアナはぷんすかと怒り出す。
「申しわけないですね、スタシアナさん。駆けつけるのが少し遅くなりました」
そう言いながらヴァンエディオが現れる。その顔は相変わらずの無表情で、何を考えているのかマルネロには読み取れない。
「申しわけないじゃないのー。クアトロに何かあったら、魔族の皆に天使の事務所総出でやってやりますからねー」
スタシアナが相変わらずぷんすかと怒りながら、どこかで聞いたような物騒なことを言う。
大体、天使の事務所なんてあるのだろうか。
「事務所総出は怖いですね。魔人には不死亀虫にあとをつけさています。アストリア様が連れ去られる場所も直に分かるかと」
さすがなのだろう。ヴァンエディオはその辺りに抜かりがないようだった。そのような中で、壁に打ちつけられて気を失っていたダースがエリンに支えられて姿を見せた。
血の気が失せた顔をしているのは、気を失っていたからだけではないのだろう。アストリアが連れ去られてしまった事実が、ダースを精神的に追い詰めているのは間違いなかった。
「まあまあ皆さん、そんなに悲壮感を漂わせなくても大丈夫ですよ」
トルネオがそう言いながら姿を見せた。
「古代種の竜を引き連れた魔人に急襲されたのですから、仕方ないかと」
あの骸骨に慰められていると思うと、何だか腹が立ってくるマルネロだった。
先ほど助けられたことは置いといて、燃やしてやろうかしらとも思う。
「ただ、この不死者の王の主、クアトロ様を傷つけた罪、それは必ず贖っていただきます。未来永劫、不死者として使役して差し上げますよ」
トルネオが物騒なことを言い出した。とてもエミリー王国でとんちきな仮面をつけて、ふざけていた骸骨とは思えない。
それにしてもクアトロがいつからこのとんちきの主人となってしまったのだろうか。
「まずはクアトロ様の回復と、我が配下である不死亀虫の報告を待つとしましょう」
そう仕切り始めるトルネオであった。




