天使の翼
「……というわけで、この騒ぎはダナ教の暴走でしかないのだ。大司教が死に、ダナ教騎士団もほぼ壊滅となった今、エミリー王国としては魔族に敵対するつもりはない」
エミリー王国の若き国王、ライトル三世は魔族の王クアトロを前にそう言った。
クアトロの横には、マルネロら練兵場に突入した面々が座っている。そして、なぜかスタシアナの隣に天使のエリンと不死者の王、トルネオも殊勝な顔で座っていた。
「我々魔族もこれ以上の敵対行動が貴国にないと言うのであれば、戦いを望むものではありません」
マルネロが静かにそう言いながら王である自分の顔を見てくる。だから、クアトロはゆっくりと頷いてみせた。
「寛容なお言葉、感謝する」
ライトル三世はそう言って頭を下げた。
「いや、礼はいい。被害を受けたのはそちらだからな」
クアトロがそう言うとライトル三世が、にやりと笑う。
「いや、そうでもないのだ。これで我がエミリー王国内におけるダナ教の影響力が大きく後退した。何せ最高責任者が死に、影響力の基盤だった騎士団はほぼ壊滅。国王の私としては感謝したいぐらいだな」
「そ、そうか」
「それにしてもクアトロ王、まさか国王自身が姿を見せて、大暴れをするとはな」
ライトル三世はそう言って愉快そうに笑う。
策もなくたままた流れでそうなっただけだと思ったクアトロだったが、あまりに頭が悪そうなので黙っておくことにした。
「で、そちらにおられるのが、四将と呼ばれる魔導師のマルネロ殿と堕天使のスタシアナ殿か」
マルネロとスタシアナが黙って頷いた。
「あのような力を見せられると、魔族と事を構えたいとは思えなくなるな。いやいや、このような者たちを従えているとは、クアトロ王はやはり大した人物なのだな。魔族を統一できた理由も分かるというものだ」
何かよく分からないが褒められ始めたと思いながら、クアトロは黙って頷くことにする。
「そして、そこにおられるのは、ベラージ帝国のアストリア皇女ですかな?」
その問いかけにアストリアは否定も肯定もしなかった。
「魔族の王に連れ去られたあと、不死者の王に殺されたとの噂だったが、やはり生きておいででしたか」
「ライトル三世陛下、世の中にはよく似た者もおりますゆえ」
アストリアの隣に座るダースがそう口を開いた。
「そうだな。生きているとなれば、何かと都合も悪いのだろう。その旨、承知した」
ライトル三世は大きく頷く。
「何か若いのに随分と話が分かる国王よね。クアトロと違って頭もよさそうだし」
マルネロが小声でクアトロにそう囁いてきた。クアトロが無言で睨みつけると、マルネロは少しおどけて舌をぺろりと出す。
「で……実は最初から凄く気になっていたのだが、その仮面の者は?」
そこのとんちきな仮面をつけている者は、頭がかなりおかしいので放っておいて下さいとも言えず、クアトロはトルネオに仮面を外すように促した。
仮面の下の顔を見て、ライトル三世は一瞬だけ息を飲む気配を見せたものの納得したように頷いた。
「なるほど……今回の天使様をその配下に加えたように、不死者の王もその配下に……」
ライトル三世は納得したように一人で頷いている。
いやいや、当たり前のようにこちら側に座っているそこの天使も、この頭がおかしなおっさん骸骨も配下などにした覚えはないのだが……。
そんなことを言い出せる雰囲気ではなく、クアトロは苦笑を返すのだった。
「何か素敵ないい国王だったわよね」
エネギオスやヴァンエディオたちが待つ自分たちの国へと戻る途中、マルネロは改めて思い出すようにそう口にした。
「マルネロは、ああいうのが好みなんですねー」
隣でスタシアナがとてとてと歩きながら言葉を返してきた。
「は、はあ? 違うわよ!」
マルネロは思わず大きな声で否定する。
少しだけ顔が上気したかもしれない。
「まあ、そんなに照れるな。お前も年頃だしな」
クアトロまでそんなことを言ってくる。
「うるさいのよ、ろりこん大魔王のくせに。それより何なのよ? またろりこん候補が増えているじゃない」
「あら、私のことを言っているの? マルネロとやらは?」
スタシアナの横にいたエリンが茶色の瞳を怯むことなくマルネロに向けてきた。
容姿は八歳程度にしか見えないのだが、同じ天使のスタシアナとは違って随分と大人びた話し方をする天使のようだった。
「こらあ、エリン! マルネロに向かって、生意気な口をきいちゃ駄目なんですよー」
スタシアナが振り上げた拳で、エリンの薄い灰色の頭をぽてっと叩く。
スタシアナは何気に元同族には厳しいようだった。
「痛い、痛いです、スタシアナ姉様」
エリンが両手で頭を庇っている。
「で、なんで天使のあなたがついてくるわけ?」
「ふん、スタシアナ姉様が心配だからじゃない。あんな魔族にたぶらかされて」
あんな魔族とはもちろんクアトロのことなのだろうとマルネロは思う。
「こらあ、エリン!」
エリンの態度を見てスタシアナが再び拳を振り上げた。
ひっと言ってエリンが両手で自分の頭を庇って縮こまる。
「ま、まあ、スタシアナさん」
アストリアが止めに入って来た。そんなアストリアが少しだけ不思議そうな顔をした。
「ではエリンさんも堕天使になるのですか?」
「まあ、魔族のところに行くのだから、そういう言い方になるわよね」
「そうですか。では……その翼も黒くなってしまうのですね」
アストリアがエリンの背にある白い翼を見ながら言う。
「ならないわよ?」
「え……?」
「堕天使になったからって、黒くなんてならないわよ。越冬が終わった冬山の鳥じゃあるまいし」
「で、でも、スタシアナさんは……」
「えへっ、ぼくは染めているだけですよ。黒い方がそれっぼいじゃないですかー」
スタシアナは小首を傾げて微笑む。
「はい?」
「えーっ?」
アストリアとマルネロは同時に声を上げるのだった。
「なあ……ダース」
「どうした、クアトロ。何かあったか?」
不意に背後からクアトロに声をかけられてダースが振り返ってきた。
「何かいいな。アストリアに、スタシアナ。それにエリン。美少女三人が楽しそうに話しているぞ」
「い、いやクアトロ……確かに美少女には違いないが……何か言い方とか、特にその顔が凄く気持ち悪いぞ……」
ダースがクアトロの横顔を凝視しながら、顔をこわばらせてそう言った。
「まあまあ、ダースさん。犯罪さえ犯さなければ、そっとしておいて下さい。仕方がないのですよ。クアトロ様は美少女大好きのいわゆる筋金入りの変態さんですからね」
「いや違うぞ! トルネオ! 誰が筋金入りの変態だ!」
「いやいや、今のはどう見ても不味いですよ。犯罪の一歩手前です。どう見ても立派な変態さんです。娘を持つ母親が見たら卒倒しますよ。大体、恥ずかしくないんですか? 少女をお嫁にするって言ってみたり。今の発言だって、自分はろりこんだと公言しているようなものじゃないですか?」
「い、いや、そんなつもりは……」
クアトロは口ごもる。
「いやいや、恥ずかしいぐらいにそんなつもりでしょう? 少なくとも私は恥ずかしいです。一国の王なのですから、そう言うことは胸の奥にしまってですね……」
こうして聖戦騒動は終わりを迎えたのであった。




