視線の先にあるもの
玉座に座っているのにも飽きたクアトロは宮廷の中庭にいた。
もしかしたらアストリアでも……と思っていたのだが、生憎と誰もいない。皆、王を差し置いて忙しいらしい。
玉座に座っている時と同様に何をするでもなく、中庭で陽の光を浴びていると天使のエリンが姿を見せた。
薄い灰色の髪が陽を浴びて白色に輝いて見える。その背には白い翼が揺れていて、美少女然とした顔立ちによく似合っていた。
「魔族の王様は、随分と暇そうなのね」
茶色の瞳をクアトロに向けて、エリンがなかなか痛烈なことを口にする。
「何かと優秀なヴァンエディオがいるからな。奴に任せておけば、俺は特にすることもない」
実際、国の運営に関してクアトロは、全くといってよいほど役に立たない。例えば何かがあっても、玉座の上であーとかうーとか言っている間に、万事ヴァンエディオが片づけてくれる流れになっていた。
改めてそう考えると、何とも頭が悪そうなのだが事実なので仕方がない。
「どうした? スタシアナと一緒じゃなかったのか?」
食卓を挟んでクアトロの真正面に座ったエリンにクアトロは声をかけた。
「スタシアナ姉様は、トルネオとかいう変な骸骨と出掛けて行きました」
変な骸骨……。
まあ、確かに変な骸骨ではあるなとクアトロも思う。
元天使と不浄の者。互いに相反する組み合わせにも関わらず、スタシアナとトルネオは何かと仲がいい。かなりの頻度で行動をともにしていた。
「でもスタシアナ姉様、クアトロのどこがよかったのかしら?」
エリンが不躾にクアトロの顔を見ている。
しばらくして、それでは足りないとばかりに食卓の上に身を乗り出した。
「ちょっと届かないわ。もっと顔を近づけて」
エリンはそう言ってクアトロの両頬を小さな両手で挟むと、自身の方へと引き寄せる。
クアトロも前屈みとなって、食卓の上に身を乗り出す格好となっていた。
眼前というかクアトロの鼻先にはエリンの小さな顔がある。可愛らしいと言うよりも、エリンは美しい顔立ちをしている。こんな眼前に美しい少女の顔があると、さすがに気恥ずかしくなってくる。
「こうして見ると顔は、まあ悪くないわよね。でも何かね、頭が悪そうなのよ……」
余計なお世話だとクアトロは思う。確かに頭がいいと褒められたことはないのだが。
クアトロは人の顔を好き勝手に言うなと思い、身を捩ってエリンの両手から逃れる。
「あら意外ね。照れているのかしら」
クアトロの様子を見て、エリンが大人びた微笑みを浮かべる。
「照れてなんぞいない」
クアトロはそう言って自分の足元に視線を向けた。実際は思いっきり照れていた。
視線を逸らした先で靴の紐が解けてしまっていることにクアトロは気がついた。
座ったままで身を屈めて靴紐を結び直したクアトロは、その体勢のままでふと視線を持ち上げた。視線の先には椅子に座るエリンの両足がある。そしてその両足の付け根には……。
いやいや、いかんだろうとクアトロは思う。
実年齢がいくつかは置いといて、見た目はまだ八歳ぐらいの子供なのだ。しかしその思いに反して、クアトロの視線はエリンの足、その付け根にある白い物に釘づけになっていた。
視線を外すことなくそれを凝視していると、今度は少しずつエリンの足が開き始めた。見えている白の面積が大きくなっていく。
わざと……か……?
いや、不味いだろう。これはさすがに不味いだろう。衛兵さんに怒られるやつだ。
だが視線を逸らすことができない。おかあさーん、となぜかクアトロは叫びたくなってくる。
「あ、あんたたち、な、何してるの?」
聞こえてきたのはマルネロ……の声だった。
クアトロは慌てて上半身を起こす。視界に唖然とした顔のマルネロと引き攣った顔をしているアストリアの顔がある。
再び、おかあさーんと叫びたくなるクアトロだった。
「ク、クアトロ、何していたの? こんなところで昼間っから羞恥ぷれいなの? しかも、子供相手に!」
「ク、クアトロさん……」
アストリアはそれ以上の言葉が出ないようだった。
「ま、待て、誤解だ。誤解だぞ、マルネロ。お前は誤解をしている」
「はあ? 何が誤解なの? 覗いていたじゃない。見ていたわよね?」
クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振った。首を振るその速度は、瞬間的に光速を超えた気がする。
「エリン、あなたも見せていたわよね?」
マルネロが燃えるような赤い瞳をエリンに向けた。エリンはそれを受け止めると、無言で子供離れした妖艶な笑みを浮かべてみせる。
いや違うのだとクアトロは叫びたかった。
何なのだ、エリンの意味ありげな笑みは?
そこにあったのだ。たまたまあったのだ。見たとか見せたといった話ではないのんだ。
「あれえ、どうしたんですか。皆で何か楽しそうですねー」
そんな場にスタシアナがトルネオを伴って、とてとてと近づいて来た。
「ちょっとスタシアナ、クアトロがあんたの妹分の下着を覗いていたんだけど。しかもそこの妹分、それを黙って見せていたわよ!」
「え……」
スタシアナが絶句するように沈黙してしまう。
「い、いや違うぞ、スタシアナ。それは誤解なんだ」
そう誤解なのだ。確かに見ていたが、覗いたのではない。そこにあったから見ただけなのだ。
「何が誤解なのよ! 私とアストリアが見たんだからね!」
マルネロが容赦なくクアトロを追い詰めて行く。クアトロは無言で、ぶんぶんと首を左右に振る。
「クアトロ様、いつかそうなるだろうと思っていました。クアトロ様は、とうとう超えてはいけない線を跨いでしまったのですね」
トルネオが溜め息を吐きながら残念そうに、そして厳かに宣言するかの如く言った。
いやいや、何を言っているんだこのおっさん骸骨は?
俺は何も跨いでなんかいないとクアトロは心の中で叫ぶ。
「クアトロ様、大丈夫です。皆、クアトロ様がろりこんで筋金入りの変態さんだと知っています。ここは変態さんの矜持を持って、素直に謝りましょう。そうすれば皆さんも、きっと許してくれるはず」
何か嫌な汗がさっきから止まらない。
大丈夫って何だ? 許すって何だ?
変態さんの矜持って何なのだ?
そもそも俺は変態などではない。
クアトロはそう叫びたかった。
「まあまあ、皆さん、落ち着いて下さい。クアトロ様もこうして深く反省しています。だから今回は許してあげてください」
そうトルネオが重々しく言っている。
この骸骨、さっきから何を言っているんだ?
話がさらにややこしくなっている気がするぞ?
頼む、お前はもう黙っていてくれ! クアトロは心の中で絶叫していた。
「クアトロ、そんなに見たいのなら、ぼくに言ってくれればよかったのですー」
スタシアナがそう言って、服の裾を持ち上げ始める。
「ち、ちょっと何なのよ? スタシアナまで何を言ってるの? 天使って皆、露出狂なわけ?」
マルネロが慌ててスタシアナの手を掴んだ。
「あ、あの、クアトロさん。やっぱり殿方は、そういったものを見たいものなのでしょうか……」
アストリアが蚊の鳴くような声でそう訊いてきた。
「え? え? アストリア、今、その質問って必要?」
マルネロが驚いた顔でスタシアナを見る。アストリアは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
「い、いや、見たいと言えば見たいのだが……いやいや違うぞ、アストリア! 覗いていたわけではないからな!」
クアトロは慌ててそう否定した。
「クアトロ、そんなに必死で否定すると余計に怪しいわよ」
妖艶な笑みを浮かべながら、エリンまでがそんなことを言い始める始末だった。
最早、収拾がつかない。終わったな。
おかあさーん!
そう叫びたいクアトロだった。




