アストリアの提案
「で、お前は何でここにいるんだ?」
「いやですよ、クアトロ様。私の館、ぼろぼろになったじゃないですか。マルネロさんやスタシアナさんが、あんなに魔法をぶっ放しまくるから」
玉座に座るクアトロの目の前にいる黒い頭巾を被った骸骨が、平然とした顔でそう言った。正確には骸骨なので、その表情が変わることはないのだか。
黒い頭巾を被っている骸骨、名をトルネオという。巷では泣く子も黙る不死者の王として、その名が通っている。また直近では、ベラージ帝国皇女アストリアを殺害したことでも有名だった。
「いや、お前の館が崩壊したのは知っている。で、何でここにいる? 大体、アストリアを殺したお前がこの王宮にいて、ふらふらしているのはおかしいだろう?」
「えーっ? クアトロ様、冷たいじゃないですか。私は行くあてもないし、こんな外見ですから、家なんかも借りられない。宿屋にだって泊まれないんですよ。だから、こうしてここにいるんじゃないですか。いやだなあ、もう」
トルネオはそう言って胸を張って見せた。
いやいや、だからと言ってこの場にいる理由にはならないだろうとクアトロは心の中で呟く。
「それに私の館を壊したのは、クアトロ様のお連れの方々じゃないですか。ならば、それなりの責任を主には取っていただかないと……」
何だかトルネオ、性格や雰囲気が大きく変わってしまっている。前までは重々しく、いかにもといった感じの雰囲気だったのに、今は単に図々しいおっさんみたいになっている。
「いや、責任って、そういう問題じゃないだろう?」
「えーっ? 駄目なんですか?」
トルネオは軽くのけ反る素振りを見せた。しかもこの骸骨、今のもそうなのだが、何か一つ一つの動作に腹が立つ。
「そんなこと言わないで下さいよ。皇女殺しの汚名を被ってあげたじゃないですか」
「いや、もういい。お前、喋るな。何だか頭が痛くなってきた」
クアトロはトルネオにあっちに行けと片手を振る。
そこへスタシアナが一人で、とてとてと玉座の前にやって来た。
「あれー? トルネオ、クアトロを虐めているんですか? 今度は本当に、びよーんですよ」
「これはこれはスタシアナさん。いつも可愛らしくて、荒んだ私の心も洗われる気分ですね」
「えへへ」
スタシアナが褒められて照れた笑いを浮かべる。
「クアトロ様を虐めてなんていないですよ。親交を深めていたのですよ」
「そっかあ。じゃあ大丈夫ですね」
スタシアナの言葉に、何が大丈夫なのだろうかとクアトロは思う。
「あ、そうだ、ぼく、トルネオにお願いがあったんです。飛竜の骨を貰ったので、それで骸骨飛竜を作って、空を飛べないかなって思ったんですよー」
「ほう、それは面白そうですね」
理由はよく分からないが、なぜかトルネオもスタシアナの申し出に対して乗り気になっているようだった。
最早、意味が分からない。
「ですよね! ぼくも空を飛べれば、皆が喜ぶと思うんです。じゃあ早速、ぼくと行きましょう!」
スタシアナはそう言うと、トルネオと連れ立って、とてとてと出て行ってしまう。
あれだけ不浄な者は浄化だと騒いでいたのに、その話はどこにいったのだろうか。
二人の背中を見ながら、クアトロはそんなことを考えていた。しかも、今ではおっさん化してしまったトルネオと、一番仲がいいはスタシアナのようだった。
まあ、そもそもアストリアは堕天使なわけで、不浄な存在にあそこまでこだわる理由もないはずなのだったが。
それにしてもとクアトロは思う。スタシアナの態度が変わったのもそうなのだが、トルネオの性格の変わり様は何なのだ。
あの一件の終盤から、それまでとは違って物凄い小物感が出ていたのは間違いないのだが、今では飲み屋によくいそうな単なるお調子者のおっさんでしかない。
とてもではないが、泣く子も黙ると言われていた不死者の王と同一人物とは思えなかった。
そのようなことを考えていると、クアトロはまた頭が痛くなってきた気がした。クアトロが玉座の上で、うなだれているとアストリアが自称アストリアの護衛騎士であるダースを伴ってやって来るのが見えた。
明るい栗色の髪が歩調に合わせて、僅かに揺れている。深緑色の瞳を真っ直ぐにクアトロに向けて歩くその姿は、何よりも美しいとクアトロは感じる。
「どうしたんだ、アストリア?」
クアトロは玉座の前に立ったアストリアに声をかけた。アストリアの美少女然とした姿を見ると、トルネオの言葉ではないが本当に心が洗われる気がする。
姿を見せたそんなアストリアに、決意めいた表情が浮かんでいることには気がついた。
「クアトロさん、今日はお願いがあって来ました」
アストリアの顔が少し上気しているのが分かる。アストリアのお願いなど初めてなので、何だか頼られた感じがしてきてクアトロは嬉しくなってくる。
「アストリアのお願いなら何でも聞いてやるぞ。何だ?」
「クアトロさんと私、そしてダース卿の三人で野遊びにいきましょう」
「野……遊び?」
クアトロは思わず言葉を繰り返した。アストリアの背後に控えているダースの顔を見ると、口をへの字に結んで険しい顔をしている。
「そうです。野遊びです。お互いに仲よくなるには、やっぱり野遊びが一番だと思うんですよね」
「お互いに仲よく……誰と誰が?」
嫌な予感を覚えつつクアトロはアストリアに尋ねた。いや、答えはすでに分かっていた。
「もちろん、ダース卿とです」
アストリアが嬉しそうに微笑む。
アストリアの言葉に、どの辺がもちろんなのだろうかと思う。
「い、いや、それはどうかと思うぞ」
クアトロは、ちらりちらりとダースに視線を向けた。ダースは苦虫を噛み潰したような表情で変わらずにアストリアの背後に立っている。
「駄目……でしょうか?」
アストリアの顔に悲しげな表情が浮かぶ。そんな顔をアストリアにされてしまうと、これ以上は余計なことが何も言えなくなってしまう。
「い、いや、駄目ではないが……なあ、ダースはどうなんだ?」
「私はアストリア様の言葉に従いますので……」
あ、こいつ裏切りやがったとクアトロは心の中で呟く。
「ダース卿、私が言うから従う、といったことではないのですよ」
めっとばかりにアストリアがダースに言う。アストリアに怒られやがったと思い、クアトロの口元が少し緩む。ダースは目ざとくそれに気づいたようで、さらに険しい表情を浮かべる。
「ダース卿、クアトロさんも同意してくれたのですから、そんな顔はやめて下さい。仲よくなる為の野遊びなのですから」
「は、はあ……」
また怒られたと思い、クアトロの口元が益々緩んでいく。そんなクアトロの顔を見てダースの顔が益々険しくなっていく。
「ですがアストリア様、いきなり野遊びと申しましても一体どこへ?」
「先日、スタシアナさんに連れて行ってもらった丘が王都の外れにあります。凄く景色が良くて気持ちがいいところでした。あ、クアトロさんは場所を知っているかもしれませんね。でも、あの場所でご飯を食べたら、きっとお互いに仲よくなれると思うの「です」
いやいや、どこぞの女学生ではあるまいし、一緒に食事をしたからといって仲よくなれるはずもないだろう。しかも相手は何かと相性が悪いダースなのだ。
しかし、深緑色の瞳をきらきらさせながら、熱心に語っていた先ほどのアストリアを見てしまうと、そんなことを言えるはずもなかった。
「ね、クアトロさん、ダース卿、いい考えでしょう」
アストリアは弾けるような笑顔でそう言うのだった。




