ハロウィンに集う 後編
吐く息が白い…。
考えたくもないのに、頭の中で慌てふためくように思考がはり巡り続けていた。それでも、大通りの脇にある歩道を歩きながら通りがかる通行人を横目で見る。今日から十一月にも入ろうに、季節には似合わない短パン姿の女を見て心の中で呟いた。
こんな寒いのに素足出してるの凄いな。僕が女だったとしたら絶対しないけど。ま、たらればの話じゃないんだからどうでもいいか。
「こんな朝早くから悪いねぇ、内海くん。こっちこっちー!」
「おはようございます。」
「ああ、おはよう! 今日はよろしくねぇ!」
「はい…よろしくお願いします。」
僕は今から、ボランティア団体が行っている後始末のバイトを始めようとしていた。
十一月一日早朝五時三十分──渋谷。
聞いてた通りの光景を目の当たりにしながら、僕は真っ白な軍手を両手に嵌めていた。肌寒く吹き付ける風に冬の始まりを感じながら、少しだけ着込みすぎたかな。と思いながらもシャリシャリと音を鳴らすダウンジャケットを擦り合わせながら右手に火バサミと左手にゴミ袋を握りしめ、ボランティア団体のおじさんと活動を始めた。
「正午までには終わると良いねぇ〜!」
「すごい…ですね…。」
「でしょー? ははは、毎年コレだよ。」
「数年前のハロウィンに交通事故があったのは知ってるかい?」
「い、いえ。」
「お祭り事となると、どうしてもハプニングはあるものなのか……どうしてニュースにもなるのに、人は同じことを繰り返すんだろうねぇ。」
国民の全員がテレビやネットを使うわけじゃないんだ。ましてや、そんな奴らに限って興味がないことなんてどうでも良いと思ってる。そう、人は同じじゃない。
そういったニュースを見て学ぶ者、そもそもやる必要がない者、やろうとも思わない者。見ても自分には関係ないと傍観する者。様々だ。
でも、一番多いのは、"自分はそうならない"と思っていること。
人生の未来なんて分かんないから、いつその時が来るかも分かりやしない。そんな日常で、自分だけはそうならないと本気で信じてる奴らがいる。他人がやって批判されたことでも、自分が同じことをしてもなんて事ない。って、本気で思ってる奴らだっているんだ。
その区別や判断が出来ない奴は、何を言っても意味がないだろう。
「……。想像力が乏しいんですよ。きっと。」
「ははは、なかなかトゲがある言い方をするねぇ〜。でも……想定するかしないかで変わるのはそうかもしれないね!」
「そう、ですね。」
「実際、かなり深刻な問題だと受け止めたみたいでね、渋谷区の区長によって大幅な侵入禁止エリアやゴミ箱の設置とか、いろんな規制が行われてたんだけど…」
「それでも……こんなにあるんですね。」
「う〜ん。僕たちおじさんらはもう慣れちゃったけど、毎年ボランティアに来る子達は驚いてるよ〜」
気さくに笑いながら答える斎藤さんに、僕は立ち止まったまま渋谷一帯に散らかったゴミを見つめていた。
ボランティアに参加しようと思ったのは、人の行動に興味を持ち始めたからだ。
昔から変わった奴だって言われてきたし、僕自身変わっているとも理解している。でも、それ自体はどうでも良くて、僕は人と人との差があることに興味を持った。
ある人は──「同じ人間ばかりだと、つまらないだろ? だから、神様がいろんな人間を創って遊んだのさ!」なんて言う人もいるけど、神の存在が証明されなければ嘘になるじゃないか。って僕は思った。
「……ゴミを捨てる人、拾う人。」
性格、気分、人それぞれや状況によって、人は善にも悪にも成れる。それは、正しい人間としてのあり方なのか?
いや、そもそも、正しい人間の定義が曖昧なわけで……ただ良いことをするから正しいのか。でも、それだと良いことも悪いこともしない人間はどうなるんだろう。
個性は面白さでもあるけど──同時に、人に与えられた時間において、とても不平等でもあると思った。
「……くん! 内海くーん!」
「えっ、あぁ、すみません…。」
「次はあそこを拾うよ。」
「はい。」
周辺のゴミを拾い終えた僕達は、すぐ近くのエリアの掃除へと取り掛かった。
十時を過ぎた頃──辺りのゴミもだいぶ片付く中、僕達は駅前近くの通りにいた。
ふと流れてくるギターの音色に目線を向けると、ストリーマーであろう男性が弾き語りをしているようだった。
コードを弾く指先の感触、声を吐き出す吐息。足を止めふと懐かしむ。そんな思い出もあったなぁ。と、地面を見つめ直した僕は再びゴミを拾い始めていた。
少しだけ音がズレてる。
でも、基本はよく出来てるし、曲の選曲を自分の声質を理解して選んでるんだろうな。
荒々しくも感情的で──
「感情的……か。」
大学までは、音楽が好きで好きで仕方がなかった。幼い頃から母のバイオリンを聴いて育った僕は、興奮したように胸に手を当て母にこう言ったらしい。
「あのね! おかあさんのバイオリンすごかった!」
「ほんと? ふふ、ありがとう。嬉しいわ。」
「んーと! んーとね! ここにギューってきたの!」
その時は理解できていなかったけど、音楽は人の心に響くモノなんだと初めて感じた。
それ以来僕は音楽を学び、自分で歌を作るようになっていった。初めて買ってもらったギターは子供でも持てる大きさのモノで、手が擦り切れるほど夢中になった。
高校は音楽の専門科がある場所に通い、バイトをしながら初めて自分が稼いだお金で本格的なギターを買った。
幼い頃から学んでいた事もありコードは難なく弾けた。歌を作るために人を観察し、いろんな歌を聴いた。歌詞を考えるのも難しいけど、そこに曲を合わせるのも苦労した。
でも、全てが噛み合った時──全身を伝い、肌を震わせるほどの感動がやって来たことは、今でも忘れられない。
けど、それ以上に世の中は残酷で、人と人との違いを恨み、憎んだ。
同じ感性なら、僕のことを理解してくれる。そう本気で信じていた。その結果が……何であの事件を起こしてしまったのか。未来が分かる今の僕なら──きっと、同じ結末を辿る前に過去の僕へと伝えるだろう。
人は同じじゃないし、意図を伝えなきゃ誰にも伝わらないんだと、その時の僕は気づいていなかった。
その日から、自分が何のために歌を作るのか、誰のために歌を唄えばいいのか分からなくなっていった。
「……。」
人は同じじゃない。
関係がないから、その言葉に善悪の区別を持たないで言葉を使う。
それを受け取る側の気持ちを考える人もいれば、考えない人だっている。関係ないから、その後のことなんてどうだっていいからだ。
言葉に責任という法律があるなら、世の中はもっと生きやすい環境だったのかも知れない。言葉の重みを理解しているつもりでも、理解していないのかも知れない。
「……ハハ。それこそ、たらればだろ。」
でも、あの瞬間から全てが怖くて、暗闇の中に僕の心を置いて来てしまったように、僕の世界から音が──
聞こえなくなった。




