ライカ
写真屋から連絡が来たのは、数日後だった。
「潤、写真屋さんから電話あったで」
「できたのかな?」
「幻像ができたから取りに来てくれって」
潤は制服のままカブを出した。
キーを回す。
キック。
――ブルン。
一発だった。
*
写真屋の主人から封筒を受け取る。
「古いカメラやけど、よう写るなあ」
「そうですか」
「ライカは丈夫や」
潤はその場では開けなかった。
里美と見よう。
*
里美を呼び、祖父母も一緒に卓袱台を囲んだ。
写真を一枚ずつ広げる。
京都。
河原。
三条。
そして。
「……写ってる」
典子だった。
木陰に立ち、こちらを見て笑っている。
「やっぱり、おったんや」
里美も見る。
「私には見えなかったのに」
次も典子。
その次も。
写真だけなら、どこにでもいる大学生だった。
*
そして一枚。
潤の手が止まった。
「……これ、俺撮ってへん」
古い木造の建物。
若い海軍軍人。
その隣に三つ編みの少女。
祖父が写真を取る。
「……昭吾朗」
祖母も覗き込む。
「ほんまや」
アルバムと見比べる。
少女は孝子だった。
だが、こんな写真はアルバムにない。
何より、このフィルムは昭和四十九年に潤が入れたものだ。
*
写真の二人は笑っていた。
穏やかに。
幸せそうに。
祖母が写真を手に取る。
「昭吾朗だよ……」
祖父は眼鏡を外した。
「やっと帰ってきたか」
*
「典子さんって、やっぱり孝子さんだったのかな」
里美が言う。
「分からん」
「違う人?」
「それも分からん」
潤は写真を見る。
もう確かめなくてもいい気がした。
「幸せそうやし」
「うん」
*
それから典子から電話がかかってくることはなかった。
潤も探さなかった。
ライカも、勝手にシャッターを切ることはなくなった。
*
季節が少し進んだ。
二台のカブは相変わらず走っていた。
クリーム色。
青。
川沿いで休んでいると、里美が言った。
「大学生になったら日本一周ね!」
「いきなり日本一周かい」
「カブで」
「何日かかると思ってんねん」
「夏休み全部」
「金どうすんねん」
「バイト」
「何も考えてへんやん」
「潤が考える」
「俺かい」
里美が笑う。
「行きたくない?」
潤は少し考えるふりをした。
「まずは宇佐だな」
「宇佐?」
「ちゃんともう一回行きたい。今度は旅として」
里美が頷く。
「今度は私も一緒!」
「おう」
*
二人はカブにまたがった。
潤がクリーム色。
里美が青。
二台のエンジンが一発でかかる。
*
潤の部屋。
机の上には古いライカがある。
三十年前、昭吾朗が使ったカメラ。
孝子を撮った。
戦争を見た。
長い間、蔵で眠った。
そして昭和四十九年の夏、
少年の手で再び外へ出た。
窓から風が入る。
カーテンが揺れる。
もう、
シャッターは切れなかった。
*
二台のカブが道を走る。
前を潤。
少し後ろを里美。
やがて里美が追いつき、横へ並ぶ。
潤が見る。
里美が笑う。
潤も笑う。
道はまだ先へ続いている。
宇佐へ。
その先へ。
いつか、日本中へ。
青い空の下、
二台の小さなカブは、
並んで走っていった。
了




