第7話 デートとは
土曜日。
午前中に洗濯を済ませ、午後は課題を片付ける。
以前と何も変わらない休日のはずなのに、
すっかり夜が待ち遠しくなっていた。
午後十時が近付くと、自然とパソコンの前に座っている。
「習慣って怖いな」
苦笑しながら動画サイトを開く。
登録チャンネル。
『エリシア・アルヴェイン』
登録者数は百二十人を超えている。
「おー、百人突破してる」
自分のことではないが、感慨深くなる。
午後十時。配信が始まった。
見慣れた石造りの部屋。
見慣れた大きな机。
見慣れた青い瞳。
:エリさまきたー
:こんばんは
:百人おめ!
:登録者増えてる
エリシアもコメントを見ていたらしい。
「百人……」
少し驚いたように目を丸くする。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
:今日は何するの?
:質問会?
:雑談?
エリシアは少し考える。
「そうですね。
本日は質問をいただく日にしましょうか」
:質問コーナー!
:何でも答えます
:お前じゃねー
:恋愛相談
「恋愛相談?」
首を傾げる。
コメント欄が少し笑いに包まれた。
:デートするならどこ行きたい?
エリシアが止まる。
数秒。
本当に考えている。
「……デート。殿方との会瀬のことでしょうか?」
:そうそう、それそれ
:王女様育成ゲームだこれ
:そこからか
エリシアは慌てたように紙を取り出す。
「知らない言葉が多いのです……」
:好きな人と出かけること
:恋人と遊ぶ
:男女で一緒に過ごすやつ
説明を読みながら、
エリシアはゆっくり復唱する。
「好きな方と……出掛ける……」
そのまま考え込んでしまった。
「それは……政治や外交とは違うのですよね?」
:違う
:全然違う
:発想が王様すぎる
陽太も思わず吹き出した。
この人の頭の中は本当に国政でいっぱいらしい。
「二人で会い、相手を知るための時間……」
エリシアは真面目な顔で呟く。
本気で学んでいる顔だった。
小さく頷く。
「素敵な文化ですね」
コメント欄が少し静かになる。
:文化って言われた
:初めて聞いた
:デート文化
エリシアは続ける。
「私はそのような時間を持ったことも、考えたこともありません」
さらりと言ったが、その言葉は少しだけ重かった。
「王族には婚約という制度がありますので、
好きな方を探す、その、デートをするという考え方には、馴染みがありませんでした」
静かな声だった。
陽太は画面を見つめる。
たぶん。
エリシアは特別なことを言っているつもりはない。
ただ事実を話しているだけだ。
それが少しだけ寂しく聞こえた。
「おそらく、私にもそういった相手ができるはずだったのですが……
父の死で、急遽王位を継ぎましたので、どうしたら良いのでしょうね」
:じゃあ行くならどこ?
:デートスポット!
:日本だと色々あるぞ
コメント欄が、少しだけ重たくなった空気を戻す。
:映画館
:遊園地
:水族館
:カフェ
エリシアが反応した。
「水族館?」
:魚を見るところ
:大きな水槽ある
:綺麗だぞ
「魚を集めて展示する施設なのですか?」
:そうそう
:定番よね
:海の生き物いっぱい
エリシアは少し目を輝かせた。
本当に興味を持った顔だった。
「そんな場所があるのですね。
海の生き物を近くで見られるのですか?」
:見れる
:クラゲ綺麗
:デートの定番
エリシアは何かを書き留める。
:メモするなw
:これは、王国にできるぞ
:公共事業始まった
コメント欄が笑う。
陽太も少し考え、
キーボードを叩いた。
太陽:静かですし、ゆっくり話もできます
エリシアが頷いた。
「確かに、それは楽しそうです」
少しだけ微笑む。
「もし機会があれば、一度見てみたいですね」
なぜだろう。
陽太の記憶に、強く残った。
その後も配信は続いた。
映画館とは何か。
遊園地とは何か。
なぜ観覧車に乗るのか。
なぜ夜景を見るのか。
エリシアは終始不思議そうだった。
「皆様は、とても楽しそうにお話しされるのですね」
ぽつりと呟く。
:まあな
:楽しいから
:好きな人と行くし
エリシアは少し考え込む。
「好きな方と過ごす時間、ですか……」
その声は小さかった。
何かを考えているようにも見えた。
だが、結局その先は語らなかった。
「本日もたくさん勉強になりました」
配信終了の時間だった。
「明日も参りますので、よろしくお願いいたします」
:おつー
:また明日
:王様おつかれ
:ちゃんと寝ろよ
エリシアは一礼し、配信画面が暗転した。
コメント欄も止まる。
「水族館、か」
最後に行ったのはいつだっただろう。
子供の頃だった気がする。
ふと。
青い水槽の前に立つエリシアの姿を想像した。
「……何考えてるんだ」
苦笑して首を振る。
会ったこともない。
顔だって本物か分からない。
ただの配信者だ。
それなのに。
画面の向こうにいる女性と過ごす時間を想像している自分がいる。
『もし機会があれば、一度見てみたいですね』
ただの会話ではなかった、そんな気がした。




