第6話 名前を呼ばれた日
週末が近付いていた。
夕食を簡単に済ませて自室に戻ったのは、
午後九時五十分。
「まだ十分あるな」
そう言いながらもパソコンを立ち上げる。
以前なら、配信開始前から待機するなんて考えられなかった。
慣れた手順で動画サイトを開く。
『エリシア・アルヴェイン』
登録者数は九十三人。
「もうすぐ百人か」
少しだけ感心する。
初日を知っているからこそ感じる。
午後十時、配信が始まった。
いつもと変わらぬ景色、そして
:きたきた
:ばわー
:こんばんは
:待機してた
いつものコメント欄。
視聴者数は七十人を超えていた。
「皆様、こんばんは」
エリシアが一礼する。
以前よりずっと自然になった。
「本日もよろしくお願いいたします」
:今日は何の話?
:農業?
:政治?
:ダンス見せて
コメントを見たエリシアが頷く。
「ダンスは致しません。
今日は、税についてお話させてください」
:ダンスフラれたw
:重いテーマ
:来たね
コメント欄が少しざわつく。
エリシアは机の上の資料らしき紙を見る。
「王都の市場では商人から税をいただいております。
高いという意見もあれば、安いという意見もあります」
真面目な声だった。
「どちらも正しく聞こえて、私はどうするべきか悩んでおります。
皆様のお考えを聞かせてください」
:まぁ、無い方が嬉しいよね
:全部無料
:国の運営には必要なんでしょ?
:革命だー!
「革命……?」
エリシアが困った顔をする。
コメント欄は楽しそうだった。
相変わらずだ。
エリシアは本気で悩んでいる。
だから少し考える。
税率そのものより、別の問題もあるのではないか。
太陽: 税率だけじゃなくて徴収方法の問題かもしれません
太陽:何のために使われるか分かると納得しやすい気がします。自分ならそう思います。
手早く打ち込み、送信する。
今回も、知ってる範囲で言える、ただの一般論。
エリシアの目がコメント欄で止まった。
「ああ、なるほど。
何のために使われるか、ですか……」
小さく声を漏らし、紙に何かを書き込む。
そして。
「太陽様の仰る通りかもしれません」
陽太は固まった。
「……は?」
思わず声が出る。
コメント欄が一気に流れた。
:お、名前呼ばれた。おめ
:太陽さん認知きた
:古参じゃん
:おめでとうございます
:いいなー
『陽太』をひっくり返しただけの安っぽいハンドルネーム。
いや、違う。
そういう話ではない。
少し驚いた。
エリシアは不思議そうに首を傾げた。
「以前も橋について助言をくださいましたよね?」
コメント欄がさらに盛り上がる。
:覚えてるんかい
:記憶力良いな
陽太は画面を見つめる。
たったの二行。
そんなものを覚えているとは思わなかった。
「ちゃんと全部読んでるのか……?」
思わず呟く。
エリシアは当然のように続ける。
「皆様からいただいた助言は、できる限り記録しております」
机の上の紙束を見せる。
文字は読めないが、かなり厚い。
:すげー
:さすエリ
:真面目すぎる
:そりゃ成長するわ
エリシアは少し照れたように笑った。
「忘れてはいけませんので」
その笑顔を見て。
陽太の胸が少し暖かくなった。
嬉しいとか、誇らしいとか、
そういう大げさなものではない。
ただ、自分の言葉が届いていたことを、初めて実感できた。
市場の話。
商人の話。
税の話。
その後も、コメント欄は盛り上がっていた。
配信終了後、陽太はいつものように椅子にもたれる。
すっかり暗くなった画面を見つめる。
『太陽様』
たった一度だけ呼ばれた、その言葉が頭の中で何度も再生される。
「いや……、別に大したことじゃないだろ」
苦笑する。
たまたまだ。
ただ覚えていただけ。
けれど、明日の配信が楽しみになる理由が、
ひとつ増えた気がした。




