第5話 好きなもの
今日も、大学とバイトを終え、自室に戻る。
午後九時四十五分。間に合った。
配信は十時から。
少し早いがパソコンをつい立ち上げてしまう。
「まだだよな……」
自分の行動に思わず苦笑した。
動画サイトの登録チャンネル。
エリシア・アルヴェイン。
登録者数は五十人を超えていた。
「増えてるな」
初日に見た時は八人だった。
まだまだ小さな配信だ。
それでも、少しずつ人が増えている。
それが陽太にも嬉しかった。
自分が育てたわけでもないのに。
午後十時。
通知が表示される。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
石造りの部屋。
大きな机。
窓の外の夜空。
見慣れ始めた景色。
視聴者数は五十七人。
昨日より少し多い。
:お、きたきた
:こんばんはー
:エリさまー
:国王陛下、お待ちしておりました
コメント欄が流れる。
エリシアは少し困ったように笑った。
「皆様、こんばんは」
丁寧に一礼する。
「本日もよろしくお願いいたします」
:今日も勉強会?
:何教えてほしい?
:税金か?
:戦争?
:重い重い
エリシアは小さく首を振った。
「本日は質問をいただこうと思います。
昨日、皆様についてお聞きしましたので」
:質問コーナー
:待ってました
:逆凸だ
少しだけ微笑む。
コメント欄が一気に流れ始める。
:好きな食べ物
:趣味
:好きな色
:休日なにしてる?
:腹筋何回できる?
「ま、待ってください」
エリシアが慌てて紙を取り出した。
「一度にたくさん来るのですね……」
:がんばれ
:エリさまかわいい
:王様ファイト
:処理能力が試される
真面目に困っている様子に、陽太も少し笑った。
「では、好きな食べ物から」
エリシアは少し考える。
「焼きたての蜂蜜パンでしょうか」
:うまそう
:飯テロ
:異世界パン気になる
エリシアの表情が少し柔らかくなる。
「幼い頃、父が視察から戻られた際によく持ち帰ってくださったのです」
コメント欄が少し静かになる。
「王都の南門近くのお店なのですが、とても美味しくて。
父におねだりして、そればかり食べていた時期もありました」
:かわいい
:王女にもそういう時期あるんだ
:普通の女の子だな
エリシアは首を傾げた。
「普通ではないのでしょうか?」
:いや、普通です
:普通
:むしろ安心した
コメント欄が和む。
陽太も少し肩の力が抜けた気がした。
「好きな色は青です」
:理由ある?
「王国旗と同じ色ですから」
:愛国者だ
:王様だなぁ
「それに、空や海も好きです」
少しだけ窓の外を見る。
「青は綺麗です」
陽太は、本心だな、と思った。
「趣味は読書です」
:知ってた
:予想通り
:真面目
「皆様は違うのですか?」
:ゲーム
:動画
:腹筋
:配信視聴
:腹筋勢自重しろ
「配信視聴……」
エリシアは不思議そうに呟いた。
まだ自分が見られている側だという感覚が薄いらしい。
コメント欄が少し笑う。
質問は次々続いた。
好きな季節。
好きな花。
苦手な食べ物。
苦手なこと。
「踊りは少し苦手です」
:王女なのに?
「王族の教育で何度も習いましたが
私はどうも足がもつれまして……」
少しだけ困った顔をする。
:むしろかわいい
:親近感
:踊ってみせて
エリシアは納得していない顔だった。
どうやら本気で苦手らしい。
そして――
一つのコメントが流れた。
:好きな男性のタイプは?
コメント欄がざわつく。
:来た
:お前絶対言うと思った
:定番質問
:逃げろエリさま
エリシアは首を傾げた。
「たいぷ?」
:好きになる男性
:恋愛対象
:結婚したい相手?
「恋愛……」
エリシアはその言葉を小さく繰り返した。
まるで、自分とは遠いものを考えるように。
エリシアは考え込む。
本当に、真面目に。
コメント欄が先に静かになるほどに。
「そうですね……。
そのようなことを考えたことは、あまりありませんでしたが……」
ようやく口を開く。
「一緒に考えてくださる方でしょうか」
コメント欄が止まった。
「私は分からないことが多いので」
エリシアは続ける。
「答えをくださる方もありがたいのですが」
少しだけ笑う。
「隣で一緒に悩んでくださる殿方の方が、きっと嬉しいと思います」
数秒。
コメント欄が動かなかった。
:重い
:いや重くないな
:なんか泣きそう
:王様大変そうだもんな
:良い人見つけて幸せになってくれ
エリシアは困惑していた。
「何か変なことを言いましたか?」
:言ってない
:大丈夫
:そのままでいて
陽太は小さく笑う。
変な人だ、本当に。
けど、その答えは、妙に彼女らしい気がした。
配信終了後、パソコンを閉じる。
『隣で一緒に悩んでくださる方』
理想の相手の話だったはずなのに、
どこか寂しそうに聞こえたのは、
気のせいだったのだろうか。
言葉を反芻しながら、布団に潜り込んだ。




