第4話 王のいない国
その日の講義は、どうしても頭に入らなかった。
ノートは取っている。
教授の話も聞いている。
ふと気付くと別のことを考えている。
昨夜の配信のことだ。
橋の話。
真剣な横顔。
そして……
『ありがとうございます』
たったそれだけの言葉。
自分に向けたものかも分からない。
「重症だなぁ」
思わず独り言が漏れる。
推し活を頑張る友人達の気持ちがわかる気がした。
* * *
午後十時。
陽太は今日も配信画面を開く。
視聴者数は三十人。
昨日よりさらに増えている。
:ばんはー
:来た
:王女様こんばんは
:エリさまー
コメント欄も少し賑やかになっていた。
エリシアは一礼する。
「皆様、こんばんは」
相変わらず姿勢が良い。
育ちの良さが滲み出ている。
「本日もよろしくお願いいたします。
エリさま……は、少し恥ずかしいですね」
少し顔を赤らめる。
:かわいい
:エリさまー
:今日は何の相談?
エリシアは少し考えた後、小さく首を振った。
「本日は、皆様についてお聞きしたいのです」
:俺たち?
:視聴者研究
:監視されてる
「皆様は『日本』という国の方が多いのでしょう?」
:せやで
:たぶん
:日本語配信はほぼ日本人ちゃうかな
エリシアは紙に何かを書き留める。
「日本は、どのような国なのですか?」
:島国
:ご飯おいしい
:平和かな
:仕事が大変
視聴者達が好き勝手に答えたものを
エリシアは必死に読んでいる。
「平和なのですね。
お仕事も大変、と。それはどこも変わらないのですね」
:まあ
:たぶん
:国際的には平和な方
エリシアは頷く。
「では、日本の王はどのような方なのですか?」
コメント欄が少し止まった。
:王?
:天皇?
:王政じゃない
:天皇は違うだろ
エリシアが瞬きをする。
「いない?」
:いない
:王様いない
:選挙
「選挙……?」
聞き慣れない言葉だったらしい。
首を傾げる。
「王がいないのに、国を運営できるのですか?」
:できる
:エリさま、日本の王になってよ
:むしろ普通
コメントが少し雑になる。
陽太は少し考えた。
そしてキーボードを叩く。
:国民が、投票という形で代表者を選びます
:生まれではなく制度で決まります
エリシアの視線がコメント欄へ向く。
「なるほど……
生まれではなく、投票で決める。」
紙に書き留めながら、小さく繰り返す。
「不思議です」
ぽつりと呟く。
「王も貴族もいないのに、
ここでお聞きする限りでは、
皆様の国はとても豊かに見えます」
コメント欄が少し静かになる。
普段なら冗談が飛ぶところだが、
エリシアは本気で感心している。
それが伝わってきた。
「素晴らしいことですね」
静かな声。
陽太は画面を見つめる。
この人は、
本当に国のことばかり考えている。
だからこそ――
少しだけ、放っておけない気がした。
:ねぇ、いつまで王女様設定を続けるの?
:海外勢?
:流石に日本知らなすぎない?
:どこの国なんだろ
:ガチで外国人配信者説
エリシアは困ったように首を傾げた。
「海外……?」
:日本以外の国
:外国
:異国
「ああ」
納得したように頷く。
「でしたら」
エリシアは少し考えて答える。
「私は異国の者ですね」
:そういう設定ね。把握
:設定を貫くなぁ
:異国って響き良い
コメント欄は笑っている。
だが、陽太は少しだけ引っ掛かった。
これまでのやりとりが、あまりにも自然で
演技には見えない。
だからといって異世界人だとも思わない。
そんなことがあるはずもない。
それでも。
『私は異国の者ですね』
その言葉が妙に耳に残った。
配信終了後、
陽太はアーカイブページを開く。
登録者数――三十六人。
昨日よりまた増えていた。
「へえ、すごいじゃん」
小さく笑う。
たった三十六人。
けれど、昨日の八人よりはずっと多い。
そして何となく思った。
この配信は、まだまだ大きくなるかもしれない、と。




