第3話 橋
翌日の昼休み。
学食の端でカレーを食べながら、陽太はスマートフォンを眺めていた。
動画サイトの登録チャンネル。
一つだけ見慣れない名前がある。
『エリシア・アルヴェイン』
昨夜の勢いで登録したものだ。
「おっす、何見てんの?」
向かいに座った友人が声をかけてくる。
「あー。配信」
「珍しいな」
「そうか?」
「お前、普段あんまり見ないだろ」
事実だった。
ゲーム実況を流し見することはあっても、誰かを追いかけるほどではない。
なのに、昨夜の配信は少しだけ気になっていた。
「まあ、たまたまね」
「ふーん」
友人は興味無さげな顔をしって、それ以上聞いてこなかった。
王女が異世界から、という設定で配信している。
ちょっと風変わりな企画だと思われるだけだ。
もっとも、自分でもそう思っているが。
昼休みが終わり、午後の講義が始まる。
地域インフラ論。
橋梁や河川整備について学ぶ授業だった。
「橋というものは、単に川を渡るための施設ではありません」
教授の、抑揚の無い声が響く。
「物流、人流、経済活動、その全てに影響します」
陽太はノートを取りながら、ふと思い出す。
『農業も、税も、外交も、軍も……』
何も知らなかった、と言っていた。
「……橋ね」
彼女なら、こういう話も必死に聞くのだろうか。
そんなことを考えている自分に気付き、少し苦笑する。
たった一時間の配信を見ただけなのに。
講義が終わる頃には、今夜の配信が、
少しだけ楽しみになっていた。
* * *
陽太は自室でパソコンを開く。
午後九時五十八分。
通知を確認する。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
少しだけ早く来てしまった。
そんな自分に苦笑する。
「待ってたみたいじゃないか」
自身の気持ちを否定せず、配信を開く。
昨日と同じ石造りの部屋。
だが、視聴者数はすでに二十人近かった。
「おお」
昨日の倍だ。
画面の向こうでエリシアが一礼する。
「皆様、こんばんは」
:ばんはー
:来た
:王女キター
:国王だろ
コメント欄の空気も昨日より少しだけ柔らかい。
エリシアも慣れてきたのか、緊張が薄いように見えた。
「本日もよろしくお願いいたします」
:今日は何話すの?
:よろー
:偉いのに丁寧
エリシアは少し考えた後、机の上の紙を見た。
「本日は橋についてお聞きしたいのです」
:橋?
:急に土木
:インフラ枠
陽太は思わず笑う。
昼間に聞いたばかりだった。
「私の国には大きな川があります。
ですが、橋を架けるには費用が掛かります。
船で渡ればよいという意見もありまして」
真面目な相談だった。
コメント欄が盛り上がる。
:あると便利だよねー
:魔法で飛べないの?
:泳げ
:気合
「気合……」
エリシアが困惑している。
コメント欄は楽しそうだった。
陽太は少し考える。
教授の話を思い出す。
橋は単に川を渡るためのものじゃない。
人の流れを変える。
物流を変える。
経済を変える。
キーボードに手を置く。
:人や荷物がたくさん通る場所なら橋の価値は大きいと思います
:渡る時間が減るだけで町が発展することもあります
送信。
別に大したことではない。
授業で聞いたばかりの一般論だ。
エリシアの目がコメント欄へ向く。
「ああ、なるほど……」
紙に何かを書き留める。
「渡る時間が減るだけで
町が発展する……」
小さく繰り返した。
その横顔は真剣だった。
まるで一つも聞き漏らすまいとしているように。
陽太は少しだけ不思議な気持ちになる。
たった二行のコメントだ。
それでも、
画面の向こうの、誰かの役に立った気がした。
「ありがとうございます」
エリシアが言う。
誰に向けたものかは分からない。
コメント欄全体かもしれない。
でも、ほんの少しだけ、嬉しかった。
配信は続いていく。
視聴者は三十人を超えた。
コメント欄も昨日より賑やかだ。
それでも。
陽太の中で一番印象に残ったのは。
橋の話をする時のエリシアの真剣な横顔だった。




