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第2話 終われない配信

 気付けば三十分が経っていた。


 レポートは一文字も進んでいない。

 陽太はようやくその事実に気付いた。


「まずいな……」


 口ではそう言いながらも、ブラウザを閉じる気にはなれなかった。


 画面の向こうでは、エリシアが相変わらずコメント欄と格闘している。


「なるほど……雑談、ですね」


:そう

:雑談枠

:フリートーク


「自由に話せばよいのでしょうか」


:たぶん

:それでOK

:知らんけど


「難しいですね……」


 本気で悩み、黙りこくる。

 新人配信者というより、初めて面接を受けて緊張で固まる学生のようだった。


 しばらくして、エリシアが小さく頷く。


「それでは、皆様からのご質問にお答えします」


:きた

:いいんじゃね

:なんで配信始めたの?


 コメントを見るエリシアの表情が少しだけ変わった。


 笑顔でもない。

 困惑でもない。


 何かを思い出した顔だった。


「……配信を始めた理由、ですか」


 部屋が静かになる。

 再びの沈黙。


 それからエリシアが切り出した。


「半年前に、父が亡くなりました」


 コメント欄が一瞬止まる。


:重い

:設定ガチだな

:いきなり鬱展開


 エリシアは気にした様子もなく続けた。


「私は王位を継ぎました。

 ですが、分からないことばかりでした」


 静かな声。


 悲壮感を煽るわけでもない。

 同情を誘うわけでもない。


 ただ事実を語っているだけ。


「農業も、税も、外交も、軍も……」


「私は何も知りませんでした」


 小さく笑う。

 自嘲するような笑みだった。


「王でありながら。

 何も知らなかったのです」


 陽太は画面を見つめる。


 演技だろうか。

 設定だろうか。


 分からない。


 でも……


 少なくとも、この瞬間の彼女は真剣だった。


「だから学ぼうと思いました。

 城にある本を読み漁りました。

 学者も招きました。

 ですが――」


 言葉が止まる。


「足りませんでした」


 窓の向こうの夜空を見る。


「私の国にはない知識が必要だと思いました。

 だから、この接続を試しました」


:頑張ってるなー

:異世界交流企画か

:面白いじゃん


 コメント欄は相変わらず気楽だが、

 エリシアだけが真面目だった。


 その温度差が少しおかしくて、陽太は笑う。


「皆様は優しいですね」


 エリシアが言った。


「本当はもっと怒られると思っていました」


:なんで?

:別に?

:初配信だし


 少女は首を傾げる。


「見知らぬ者が突然現れて、

 国を救いたいので力を貸してください、とお願いしているのですよ?」


:たしかに

:図々しいな


「はい」


 エリシアは真面目に頷いた。


:素直で草



 陽太も少し吹き出す。


 妙な人だ。

 本当に。


 どこまで設定で、どこから天然なのか分からない。


 だけど、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ、もっと見ていたいと思った。


「そろそろお時間でしょうか」


 エリシアが時計らしきものを見る。

 配信開始から一時間近くが経っていた。



:もう終わり?

:早い


「はい、私の魔力ではこれぐらいが限界で」


:その設定新しい

:次いつ?


「次ですか」


 エリシアは考える。


 そして。


「明日も参ります」


:もしかして毎日!?

:王様って暇なの?


「暇ではありません」


:草

:即答で草


 コメント欄が盛り上がる。

 気がつけば視聴者は十人を越えていた。


 エリシアは不思議そうな顔をしていた。


「皆様から学びたいのです。

 ですので明日も」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 彼女は微笑んだ。


「どうかよろしくお願いいたします」


 配信画面が暗転する。



 コメント欄も止まった。



「……終わったか」



 陽太は椅子にもたれた。

 変な配信だった。


 正直、内容だけなら滅茶苦茶だ。



 王女。

 異世界。

 国を救う。


 CGではない、あまりによくできた外見や背景。

 全部が胡散臭い、それなのに。


 ブラウザを閉じる前に、ふとチャンネルページを開いてしまう。


 登録者数、八人。



「へぇ」


 動画一覧を見る。


 アーカイブが一つだけ並んでいる。


 そのタイトルを見て、

 陽太は少しだけ眉を上げた。


【異世界接続試験 第一回】



 さっきのエリシアが言う通り、

 第二回が予定されている。


 

 なぜか少しだけ楽しみになっている自分に気付いた。


 レポートを再開しながら、陽太は小さく呟く。


「明日も見るか」


 これが、後に続く、毎日の習慣の始まりだった。

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