第1話 同時視聴者数 四人
レポートの締め切りは明日の昼。
佐藤陽太はノートパソコンの画面を睨みながら、小さくため息を吐いた。
大学の講義で出された課題。
テーマは地方行政と地域振興。
文字で埋め尽くすべきレポートの四分の一がまだ白いものの、
幸いにも終わりが見えてきた。
「……ちょっと休憩!」
キーボードから手を離し、椅子の背もたれに身体を預ける。
午後十一時四十分。
コンビニで買った缶コーヒーはすでに空だ。
ラストスパート前の息抜きのつもりで動画サイトを流し見する。
ゲーム実況――
音楽――
切り抜き――
代わり映えのしないラインナップの中、ふと指が止まった。
【ライブ】接続試験
同時視聴者数 3
「……なんだこれ」
サムネイルを見て首を傾げる。
綺麗だった。
とにかく綺麗だった。
CG……ではなさそうだ。
銀色にも白金にも見える長い髪。
透き通るような青い瞳。
整いすぎていて、むしろ現実味がない。
(企業勢の新人か)
だが、チャンネル登録者数は0人。
意味が分からない。
思わずクリックした。
画面に広がる、奥行きのある、石造りの部屋。
壁に掛けられた古ぼけた銀の燭台。
がっしりとした大きな木の机。
窓の向こうには澄んだ夜空。
妙に立体感がある。
それもまた作り込みなのだろうか。
「■■■■■■■■■■■」
何かが聞こえた。
「ん?」
陽太は眉をひそめる。
言葉のようだが意味が分からない。
英語ではないし、聞きなれない、不思議な音だった。
コメント欄が流れていく。
:音声バグ?
:接続不良か
画面の中の少女が焦ったように何かを操作する。
そして。
「……聞こえますでしょうか」
ようやく聞こえた。
:オッケー
:直った
:聞こえるよー
少女はほっとしたように胸を撫で下ろした。
心から安心した顔だった。
妙に自然で、陽太は少しだけ感心する。
演技が上手い。
「良かった……」
少女は小さく微笑む。
「それでは、始めさせていただきます」
数秒沈黙。
そして。
「皆様のお住まいの地域では、小麦は栽培されていますか?」
「は?」
思わず声が出た。
:いきなり?
:美少女農業チャンネル?
:どんな世界観だよ
少女は真剣な顔をしていた。
「発育に良い肥料はご存知でしょうか……?」
:自分で調べろ
:知らね
:そもそも誰?
「あ……失礼しました。申し遅れました」
少し俯きかけていた少女は、コメントを見て姿勢を正した。
「私はエリシア・アルヴェインと申します。
アルヴェイン王国の第一王女であり――」
:よろー
:王女様設定ジワる
少女は少しだけ言葉を止める。
そして静かに続けた。
「三か月前より、国王を務めています。」
:女王じゃないんだ
:細かい
「私は国を救いたいのです」
静かな、それでも力の籠った凛とした声だった。
「そのために、皆様のお知恵をお借りしたく」
:視聴者参加型ね
:壮大。面白そう
:異世界王国育成企画?
少女は再び首を傾げる。
「育成……?」
陽太は少しだけ笑った。
天然なのか。
設定なのか。
まだ分からない。
「初めてなので、まず何をすればよいのか分かりません」
コメント欄が一気に流れる。
:雑談
:自己紹介
:質問コーナー
:歌枠
:腹筋
「ふっ」
思わず吹き出した。
腹筋ってなんだ。
新人配信者の洗礼かよ。
少女は本気で悩んでいる。
たぶん、腹筋も候補に入れている。
コメントを読みながら悩んでいる様子は、配信者というより、生徒だった。
まるで、授業を受けている学生のような……
少しだけ考え、陽太が打ち込み、送信した。
:とりあえず自己紹介の続きでいいと思います
別に深い意味はない。
なんとなくだ。
なんとなく放っておけなかった。
少女の視線がコメント欄へ向く。
数秒考える。
「……なるほど」
小さく頷いた。
「ありがとうございます」
その声は、緊張も解れ、先ほどより明らかに柔らかかった。
そして。
「では改めまして」
姿勢を正す。
「エリシア・アルヴェインです」
:名前はもう聞いた
:知ってる
透き通るような青い瞳が画面越しにこちらを見る。
「どうか、よろしくお願いいたします」
レポートは残っている。
眠い。明日も講義がある。
なのに。
「なんだ、この人」
なぜだろう、陽太はブラウザを閉じられなくなった。
この日、
同時視聴者数四人の配信を見つけたことが
自分の人生を変えることになるなんて。
佐藤陽太は、まだ知る由もなかった。




