第58話 ようこそアルヴェイン王国へ
あっという間に、青白い光に包まれた。
リビングの景色も、両親の姿も、
光の中へ溶けるように見えなくなり、
眩しいほどの光が、陽太の視界を埋め尽くす。
身体がふわりと浮く。
周囲から音が消え、上下の感覚も定かではなくなる。
(これが……)
思考すら、ゆっくり遠のいていく。
ふわふわとした夢心地のような感覚に包まれ、眠気が襲う。
陽太は目を閉じたが、視界を覆う明るい光が変わることがなかった。
身体そのものが、光に溶け込んでいくような錯覚を覚え、
境界線の無い、心地よい無重力感覚に身を委ねた。
それから、どれほどの時が経ったのだろうか。
全ての感覚が曖昧になった頃。
突然。
足の裏へ、固い石の感触が伝わった。
◇ ◇ ◇
ひんやりとした風が、陽太の五感を元に戻していく。
ゆっくりと目を開く。
眩しさに慣れていく視界。
石造りの広い部屋。
床一面へ描かれた巨大な魔法陣。
少しだけ埃っぽい空気に、
古木を焦がし、蜜蝋を混ぜたような、初めて体験する匂い。
周囲には、見たこともないローブ姿の人々。
誰もが固唾を呑み、自分を見つめていた。
その中心。
銀色の長い髪が揺れる。
澄んだ青い瞳。
今まで何度も画面越しに見てきた女性が、そこにいた。
「……あぁ、陽太さん」
震える声。
陽太は自然と笑みを浮かべた。
「エリシア!」
その一言だけで十分だった。
本当に、会えた。
「成功したぞ!」
一人の局員が声を上げた。
地下室中が歓声に包まれる。
抱き合って喜ぶ局員たち。
涙を流す者までいた。
すると。
エリシアが顔を赤くし、両手で顔を覆う。
「……あ」
陽太も、自分の姿を見下ろす。
魔法局員たちが、慌てて大きな布を持って駆け寄る。
「お、お召し物を!」
「失礼いたします!」
陽太は苦笑した。
「本当だったんだ……」
エリシアは真っ赤な顔のまま俯く。
「申し訳ありません……」
「いや」
陽太は笑う。
「ちゃんと教えてくれてたし」
局員たちまで苦笑しながら、急いで着替えの部屋へ案内した。
しばらくして。
王国で用意された白いシャツと、
濃紺の上着に着替えた陽太が戻ってくる。
「エリシア、お待たせ」
エリシアが、一歩。
また一歩と近づいてくる。
夢ではないかと確かめるように。
「本当に……」
目には涙が浮かんでいた。
「本当に、来てくださったのですね」
「約束したから」
その言葉に、エリシアの涙が一筋こぼれた。
ゆっくりと手を差し出す。
「……触れても、よろしいですか」
「もちろん」
陽太も手を伸ばす。
指先が重なる。
そっと握る。
触れた手から、お互いの体温がじわりと伝わり合う。
二人とも同時に息をのんだ。
「温かい……」
エリシアが小さく呟く。
「うん。本当に、いる」
陽太も頷く。
ただ手を繋ぐ。
それだけなのに。
画面越しでは決して届かなかった温もりが、二人の胸を満たしていた。
「その服……似合っております」
エリシアが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
少し照れくさい。
さらりとした肌触りで、きっと上質なものなのだろう。
異世界の服なのに、不思議としっくりきていた。
二人は、そっと手を離すと、改めて姿勢を正した。
「陽太さん」
「はい」
「改めまして」
優しく微笑む。
「アルヴェイン王国へ、ようこそ」
王として。
深く一礼した。
陽太も頭を下げる。
「改めて、ご紹介を」
エリシアに促され、見慣れた黒いメイド服が傍に来る。
「マリアさん!」
「改めて。初めまして、陽太様」
マリアが、優しく微笑む。
「これからよろしくお願いします」
「陽太様の、身の回りのお手伝いをさせていただきますので、
遠慮なくお申し付けください」
マリアが深くお辞儀をする。
「陽太さん」
エリシアが呼ぶ。
「お疲れでしょうから、まずはお部屋に案内いたします。
マリア、案内お願いできるかしら」
その瞬間だった。
「エリシア」
「はい?」
陽太は少しだけ周囲を見回した。
「最初に、お願いがあるんだけど」
「何でしょう」
一度だけ深呼吸する。
「お父さんのお墓へ連れていってもらえないかな」
エリシアが目を丸くした。
「父の……ですか」
「うん」
陽太は頷く。
「最初に報告したい。
娘さんに、呼んでもらいましたって。
これから、一緒にこの国を歩いていきますって」
エリシアの瞳が潤む。
何かを言おうとして。
声にならない。
やがて、小さく微笑んだ。
「……はい」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
王城の庭園。
静かな風が花々を揺らしていた。
その奥。
一つの墓碑の前で、陽太は静かに頭を下げる。
「初めまして。
佐藤陽太です」
穏やかな声。
「娘さんに、アルヴェイン王国に呼んでいただきました」
一拍置く。
「まだ何もできません。わからないことだらけです」
エリシアを見る。
「でも、これからは。
エリシアの隣で、一緒に悩んで、一緒に考えて、
この国を良くしていきます。
だから、見守っていてください」
深く一礼する。
その隣で。
エリシアも静かに頭を下げた。
「お父様」
穏やかに微笑む。
「とても、とても素敵な方をお連れすることができました」
墓前を後にし、並んで歩く。
画面越しではない。
本当に隣を歩いている。
それだけで嬉しかった。
「陽太さん」
「ん?」
エリシアは少し照れながら笑う。
「改めまして」
「ようこそ、アルヴェイン王国へ」
陽太も笑う。
少しだけ考えてから、答えた。
「……ただいま」
エリシアは一瞬だけ目を丸くする。
それから。
今までで一番優しく笑った。
「はい。
おかえりなさい」
二人は並んで歩き出す。
優しい風が、二人の間を吹き抜けていった。




