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第54話 決意

 午後十時。


 いつも以上に静かに感じる自室。

 モニターから青白い光があふれ、二つの世界をつないだ。


「こんばんは、陽太さん」


 エリシアはいつもより緊張した表情だった。


「こんばんは」


 陽太も静かに微笑む。

 お互い、今日が何の日なのか分かっている。


 しばらく沈黙が続いた。

 先に口を開いたのは、陽太だった。


「考えたよ」


 エリシアの肩が、小さく震える。


「母さんにも話した。まだ全部じゃないけど。

 俺がやりたいことを決めたって」


 陽太は続ける。


「内定ももらった」

「内定?」

「会社から、是非来てほしいって」

「……っ」


 陽太が、少しだけ笑う。


「普通に考えれば、それを選ぶべきなんだと思う」


 エリシアは何も言わない。

 ただ、少し俯き、静かに聞いている。



「最初はさ」


 陽太は窓の外を見る。


「怖かった。

 二度と帰れないかもしれない。

 家族とも会えなくなるかもしれない」


「人生が全部変わる。

 そんな決断、できるわけないって思った」


 一度息を吐く。


「でも」


 ゆっくり画面へ視線を戻した。


「考えたんだ。

 俺は、どんな人生を送りたいのか」


 エリシアは小さく息をのむ。


「会社へ入ることが夢だったわけじゃない。

 安定した生活が夢だったわけでもない」


 少し照れくさそうに笑う。


「俺は、困っている人の力になれる人になりたい」


 その言葉を聞いて。

 エリシアが、少しだけ目を丸くした。


 陽太は静かに続ける。


「俺が一番そう思えた場所は」


 一拍。


「エリシアの隣だった」


 エリシアの瞳が揺れる。


「一緒に悩んで。

 一緒に喜んで。

 思い返したらさ」


 笑う。


「俺自身も、すごく楽しかった」


 陽太の笑顔は、今までで一番自然だった。


「だから」


 陽太は真っ直ぐエリシアを見る。



「行くよ」



 短い一言。


 けれど。

 その言葉に迷いはなかった。

 エリシアは固まったまま動けなかった。


「……本当に」


 声が震える。


「本当に、よろしいのですか」

「うん」


 陽太は頷く。


「俺が決めた。

 誰かに言われたからじゃない」


「俺自身が。

 エリシアの隣で、アルヴェイン王国を歩いてみたい」


 静かな部屋。


 エリシアは何かを言おうとして。

 言葉にならなかった。


 涙が、静かに頬を伝う。


「……ありがとうございます」


 ようやく、それだけ言えた。


「こちらこそ」


 陽太は笑う。


「誘ってくれて、ありがとう」


 エリシアは何度も涙を拭う。


「泣くつもりでは……」


 笑っても、涙は止まらなかった。


「本当に」


 小さく息を吸う。


「本当に、嬉しいです」


◇ ◇ ◇


 少し落ち着いた頃。

 エリシアは姿勢を正した。


「陽太さん」

「はい」

「改めて、お伝えいたします」


 王として。

 そして、一人の人として。


「どうか、この国へお越しください。

 共に悩み、共に考え。

 共に、この国の未来を歩んでいただけませんか」


 陽太は笑った。


「喜んで」


 エリシアも微笑む。


「それでは、魔法局へ伝えます。

 議会での承認も必要ですね。

 あとは、配信でもご報告をしたいです」


「議会で否認されることはないの?」

「させません」


 即答だった。


 二人で笑う。


 少しだけ照れながらエリシアは続ける。


「もう後戻りは、できませんよ?」

「望むところ」


 もう一度、二人で笑う。


 通信術式の光が、少しずつ弱くなっていく。

 そっと、モニター越しに手を重ねる。


「本当に触れられる時が、もうすぐ来るのですね」

「未だに信じられないよ」


「今から待ち遠しいです。

 それでは、おやすみなさい、陽太さん」

「おやすみ、エリシア。」


 通信が切れる。

 静かな部屋。


 陽太はゆっくり椅子にもたれた。


 怖さが消えたわけではない。

 正直、不安だらけなのは事実だ。


 それでも。

 胸の奥には、それ以上の高揚感があった。


「待ってて」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


「今度は、画面越しじゃない」


 窓の外には、いつもの日本の夜空。

 そのさらに向こうにある世界へ向けて。


 陽太は、新しい人生への一歩を踏み出した。

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