第53話 歩きたい道
翌朝。
スマートフォンの着信音で目が覚めた。
「……もしもし」
寝ぼけた声で電話に出る。
『佐藤様のお電話番号で間違いありませんでしょうか?
私、――の採用担当です。先日は、弊社までお越しいただきありがとうございました』
電話口からの丁寧な声で、一気に覚醒した。
「はい、佐藤です。
こちらこそ、ありがとうございました」
『先日の、最終面接の結果ですが……』
自身の鼓動の音が、やけに大きく聞こえる。
『内定、ということで、
佐藤様を是非、採用させていただきたく思います』
陽太は静かに目を閉じ、ゆっくりと天井を見上げた。
「……ありがとうございます」
承諾期限や今後の手続きを確認し、電話を切る。
机の上には、就職活動で使っていた企業資料。
何か月も続けてきた努力が、ようやく一つ形になった。
「内定、か」
嬉しくないわけではない。
それでも。
胸の中に広がったのは、安堵や達成感よりも、大きな迷いだった。
◇ ◇ ◇
昼。
大学の食堂。
「おっ、陽太!」
友人たちが手を振る。
遅れて食堂に来た陽太が、輪に加わった。
「聞いたぞ。内定出たんだって?」
「うん」
「おめでとう!」
自然と拍手が起こる。
「ありがとう」
笑顔で返す。
「これで就活終わり?」
「いや……もう少し考えようかなと思ってる」
「本命あるの?贅沢な悩みだなぁ」
友人が笑う。
「俺なんか受かった会社に即決で、就活終了だわ」
「それな」
別の友人も頷く。
「結局さ、会社なんて入ってみないと分からないし」
「とりあえず働いて、その後考えればいいよな」
何気ない友人たちの言葉。
きっと、それが普通なのだ。
陽太も頷く。
「そうだね」
そう答えながら。
心の中では、別の問いが繰り返されていた。
(俺は、本当にそれでいいのか)
◇ ◇ ◇
帰り道。
最寄りの一つ前の駅で電車を降り、川沿いを一人歩く。
初夏の風が肌をくすぐる。
途中で見つけた公園に目を止めた。
小さな子供たちが、にぎやかに走り回っていた。
陽太は、公園に入り、端のベンチへ腰掛けた。
スマートフォンを開く。
内定通知のメールに目を通す。
次いで、動画サイトからエリシアの配信チャンネルを開く。
登録者数は、以前とは比べものにならないほど増えていた。
最初に見つけた時のことを思い出す。
ほとんど誰もいなかった配信。
コメントは数えるほど。
それでも。
画面の向こうで、一生懸命に国を救おうとしていた一人の王。
(あの日から、全部始まった)
少しずつ国が変わっていく様子を。
画面越しではあったけれど、一番近くで見続けてきた。
そして昨日。
『一緒に、歩いていただきたいのです』
その言葉が、何度も何度も、胸の中で響く。
夕焼けに染まった空を見上げる。
(もし、アルヴェイン王国へ行けば)
大学も。
就職も。
家族とも離れる。
もう二度と戻れないかもしれない。
普通の人生は終わる。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど……
目を閉じる。
王都。
にぎやかな市場。
どんどん出来上がっていく橋。
歌を歌う子どもたち。
そして、少し照れながら笑うエリシア。
画面越しではなく、
すぐ隣で見られたら。
そして。
同じ景色を見て。
同じ悩みを抱えて。
同じ未来を考えられたなら。
胸の奥が熱くなる。
気持ちは、驚くほど素直だった。
義務でもない。
義理でもない。
自分自身が、そうしたいと思った。
ゆっくり息を吸う。
(あの人の隣で、生きてみたい)
それが、自分の選びたい人生だった。
胸の中の霧が、すっと晴れた。
◇ ◇ ◇
夜。
陽太はスマートフォンを取り出した。
連絡先を開く。
【母】
一度だけ深呼吸する。
そして通話ボタンを押した。
『……もしもし?』
「母さん」
『珍しいね。どうしたの?』
陽太は少し笑う。
「ちょっと報告があって」
『あら。もしかして、会社決まったの?』
「それもある」
窓の外を見る。
星が瞬く夜空。
そのさらに、遠くにある世界を思い浮かべた。
「俺さ」
電話口で、静かに笑った。
「やりたいことが、決まったんだ」
その声には、もう迷いはなかった。
『あらそうなの。一体何かしら』
「まだ、ちゃんと説明できないんだけど」
一呼吸入れて。
「でも、大事な話だから。
今度帰った時に聞いてほしい」
『……わかったわ』
母はそれ以上聞かなかった。
「ありがとう。それじゃ」
通話を終える。
陽太は、大きく息を吐いた。
明日の午後十時。
エリシアとの通信。
「ちゃんと伝えよう」
誰かに決めてもらう人生ではなく。
自分が歩きたいと思った道を。
明日、自分の決断を伝える。




