第51話 伝える決意
王城、魔法局。
静かな研究室には、大小さまざまな魔法陣や器具が並び、
魔法局員たちが忙しそうに行き交っている。
エリシアは、魔法局長の報告を聞いていた。
「陛下」
魔法局長が一礼する。
「通信術式の拡張計画ですが、最終段階へ移行できる見込みとなりました」
エリシアは穏やかに頷く。
「本当に……ありがとうございます」
「ここまで来られたのは、陛下のお力添えあってこそです」
魔法局長は静かに続けた。
「実行に向けて、いつでも最終調整へ入れます」
一拍置いて。
「ですが」
エリシアを見る。
「お伝えになりましたかな」
その一言で。
エリシアが視線を落とし、表情が曇る。
「……まだです」
小さな声だった。
魔法局長は、責めることなく頷いた。
「左様でございましたか」
そして穏やかに微笑む。
「相手の人生を大きく変える決断でございます。
ご承諾なく、無理に進めることはできません。
我々は、陛下のお言葉をお待ちしております。」
エリシアは小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
その夜。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:おつ王!
:こんばんは!
:ばわ~
「皆様、こんばんは」
いつものように一礼する。
いつものように笑顔を作る。
けれど。
:今日は少し疲れてる?
:大丈夫?
:何か顔色悪くない?
コメント欄は、すぐにエリシアの異変に気付いた。
「そんなことは……ありません」
笑って答える。
しかし、エリシア自身も、少しだけ無理をしていると分かった。
「本日は、橋の建設状況についてご報告いたします」
順調に進む改革を報告していく。
コメント欄もいつものように盛り上がる。
それでも。
エリシアの心は、どこか別の場所にあった。
:エリさま、やっぱり疲れてる?
:体調悪いなら無理せず
:無理して笑ってない?
エリシアは言葉を止めた。
静かな時間が流れる。
「……実は」
小さく息を吸う。
「一つだけ。
皆様へ、お話ししていないことで……。
ずっと悩んでいることがあります」
コメント欄が静まった。
エリシアはゆっくり首を振る。
「まだ、お話しすることができません。
これは、私一人で決めてはいけないことだからです」
その言葉だけを残して、俯いた。
コメントがゆっくりと流れ始める。
:おーけーおーけー
:話せる時でいいよ
:一人で抱え込まないで
:エリさまなら大丈夫
その時だった。
太陽:悩みは、一人で抱え込まないでください
太陽:俺で力になれることなら、何でも聞きます
エリシアの視線が止まる。
胸の奥が熱くなる。
(あなたに……)
思わず俯いた。
(あなたに相談したいことだから……言えないのです)
気付けば視界が滲んでいた。
慌てて瞬きをする。
けれど、涙は、言うことを聞いてくれなかった。
ぽた、ぽた――
雫が頬を伝い、机へと落ちていく。
:え……
:泣いてる
:エリ様……
エリシアは慌てて涙を拭う。
「す、すみません」
笑おうとする。
けれど。
声が震えてしまう。
目の前がどんどん滲んでいく。
「最近は、嬉しいことばかりで。
泣くことなんて、ほとんどありませんでしたのに」
小さく笑う。
「変な姿をお見せして、すみません……」
:太陽さん、出番です
:任せた
:太陽先生に話を聞いてもらおう
「皆様は」
エリシアが画面を見つめる。
「私が迷った時、いつも、一緒に考えてくださいました」
最初に相談をした日から。
橋も。
市場も。
教育も。
思い返せば、一人で成し遂げたことなど何一つなかった。
「だからこそ」
涙を拭きながら微笑む。
「今回は、ちゃんと、自分の気持ちと向き合おうと思います」
コメント欄が、一斉に流れた。
:応援してる!
:焦らなくていい
:頑張れ!
:エリ様なら大丈夫!
そして。
太陽:エリシアなら、大丈夫。
その一言を見つめる。
少しだけ。
本当に少しだけ、肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
エリシアは深く頭を下げた。
「今日は、少しだけ皆様に甘えてしまいました」
照れくさそうに笑う。
「ですが、もう、大丈夫です」
少し涙の跡を残しながらも、いつもの優しい笑顔へ戻っていた。
「太陽さん」
陽太もまた、息をのんでキーボードを叩いた。
太陽:はい
エリシアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「……急ですが、明日。
接続実験、お願いできますか」
太陽:もちろんです
「とても、とても大事なお話があります」
◇ ◇ ◇
配信終了後。
部屋には静寂だけが残る。
マリアが温かい紅茶を置いた。
「陛下」
エリシアは小さく頷く。
「皆様は、本当に優しい方ばかりですね」
そう言って、机の引き出しを開く。
中には、一枚の紙。
『陽太さんへ。大事なお話があります』
何度も書き直した跡が残っている。
エリシアはその紙を、そっと胸へ抱いた。
「……明日こそ」
静かに目を閉じる。
「ちゃんと、お伝えします」
その決意は、もう揺らいでいなかった。
エリシアは、ようやく前を向いた。




