第45話 楽しく学ぶために
北部の村。
夕方、小さな集会所には、
十数人の子どもたちが集まっていた。
「では、今日は昨日の続きから始めましょう」
北部振興局の補佐官アルドが、
黒板代わりの木板へ文字を書く。
子どもたちは一生懸命に目を向けていた。
だが。
最初は真剣だった表情も、三十分も経たないうちに少しずつ崩れていく。
一人の少年が小さくあくびをした。
それに釣られたのか、隣の少女も眠そうに目をこする。
「……今日はここまでにしましょう」
アルドが優しく声を掛ける。
「え……まだ大丈夫です」
少年が慌てて答える。
その言葉とは裏腹に、身体は正直だった。
エリシアは、その様子を集会所の後ろから静かに見ていた。
授業が終わった。
「皆さん、よく頑張りましたね」
エリシアが出口に立ち、部屋を出て行く子どもたちに声を掛けた。
「はい!」
元気な返事。
しかし、その足取りには疲れが見える。
エリシアは小さく息を吐いた。
「……やはり」
隣にいたアルドを見る。
「大変そうですね」
アルドは頷く。
「はい、学びたい気持ちはあります。
ですが、朝から働いた後です。
大人でも、仕事の後に難しい勉強を続けるのは、簡単ではありません」
アルドが小さくため息をついた。
エリシアは黙って子どもたちの背中を見る。
「学ぶ場所を作るだけでは……足りないのですね」
アルドは穏やかに答えた。
「はい。学ぶこと自体を、続けたいと思えるものにする必要があります」
◇ ◇ ◇
その夜。
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:おつ王!
:こんばんは!
:太陽さんと話せた!?
:成功した?
「皆様、こんばんは」
エリシアは嬉しそうに微笑み、一礼した。
「はい、昨夜の通信実験ですが――」
一呼吸置く。
「無事、成功いたしました」
:おおおお!
:おめ!
:おめでとう!!
:やったー!
画面いっぱいに祝福が流れる。
エリシアは嬉しそうに頷いた。
「まだ改良点はありますが、大きな前進です」
:太陽さんどうだった?
:顔見れた?
:イケメン?
エリシアは少しだけ頬を赤らめた。
「えっと……」
照れくさそうに微笑む。
「とても、お優しそうな方でした」
:www
:そこだけ答えるw
エリシアは小さく咳払いした。
「通信実験は、今後も太陽さんの協力のもと、定期的に行います。
ですので、配信をお休みする日が出てきます。
どうかご容赦ください」
太陽:ありがとうございました
太陽:またよろしくお願いします
陽太は当たり障りのないコメントを送る。
しかし。
:いつから太陽さん呼びに!?
:これは仲良しフラグ
:よし、何話したか教えてもらおう
太陽:他愛もない話です
「他愛もない話です」
陽太のコメントとエリシアの発言が同時だった。
:ハモったw
:そんなことある?
:仲良すぎだろw
「この話題はおしまいです!」
:逃げたw
:エリさまかわいい
更に赤くなった顔で無理やり話を終わらせた。
一度、大きく息を吐いて。
「……本題です。先日から進めている、
学ぶ機会作りについて、ご報告があります」
コメント欄が流れる。
:おお!
:気になってた
:順調?
「はい。村では、子どもたちが集まってくれていますが、
やはり、問題が見えてきました」
コメント欄が静かになる。
「子どもたちは、朝から家のお手伝いや仕事をしています。
その後に学ぶ時間を作っていますので……どうしても疲れてしまうのです」
:そりゃそうだ
:子供でも仕事してるもんな
:大人でも正直きつい
エリシアは頷いた。
「私は、また一つ勘違いをしていたようです。
学ぶ場所を作れば、学べるようになると思っていました」
少し微笑む。
「ですが、大切なのは、その時間をどう過ごすかなのですね」
コメントが流れる。
:楽しくする?
:ゲーム感覚とか
:興味持つきっかけが必要?
エリシアは一つ一つ読んでいく。
陽太も手早くキーボードを叩いた。
太陽:日本でも、子供は遊びながら色々なことを覚えます
太陽:楽しいと覚えやすいのかもしれません
エリシアの目が止まった。
「遊びながら……」
太陽:例えば、歌や踊りですね
エリシアは少し考え込む。
「歌……踊り……」
:確かに歌って覚えたものある
:九九の歌とか
:子供向け番組なんかもそう
「なるほど……」
エリシアは小さく頷いた。
太陽:学ぶことを好きになってもらうことが、大切なのかもしれません
「学ぶことそのものを、楽しい時間にする」
エリシアが、陽太の言葉を噛みしめるように繰り返した。
「……太陽さん」
嬉しそうに、そして柔らかく微笑んだ。
「また、大切なことを教えていただきました」
コメント欄が流れる。
:さすが太陽先生
:また王様成長した
:いいコンビだな
「皆様」
エリシアが画面を見る。
「もう一度子どもたちと向き合ってみます。
今度は、ただ教えるのではなく。
一緒に楽しむ方法を考えてみます」
:よさそう
:様子見てみたい!
:気になる
しばらく考えた後、ほんの少しだけ歯切れの悪そうな顔をして。
「そうですね……
いつもより早い時間になりますが、現地から配信いたします。
皆様にも、現場を見ていただきたいと思います」
:やった!!
:現地配信キタ!
:楽しみ!!
◇ ◇ ◇
配信終了後。
エリシアは部屋で、一人考えていた。
「歌……踊り……」
小さく呟き、ため息をつく。
そこへ、扉を叩く音が聞こえた。
「陛下」
マリアが入ってくる。
温かい紅茶が机に置かれた。
やわらかいハーブの香りが、エリシアの鼻腔をくすぐる。
「本日もお疲れ様でした」
「ありがとう」
「次回の準備をされているのですか?」
「はい」
エリシアは頷いて、ノートに目を落とす。
「子どもたちに、楽しく学んでもらえる時間を作りたいのです」
マリアは微笑む。
「それは素晴らしいことですね」
「ただ……」
エリシアが少し困った顔になる。
「問題があります」
「問題?」
マリアが首を傾げる。
エリシアは小さく目を逸らした。
「私……」
エリシアが両手で顔を覆う。
「踊りが苦手なのです」
沈黙。
そして。
マリアが微笑む。
「存じております」
「……ですよね」
エリシアは少し頬を膨らませる。
「ですが」
マリアは続けた。
「陛下が子どもたちのために挑戦される姿は、きっと伝わります」
エリシアは少し考えて。
「……お願いします、マリア」
小さく頭を下げた。
「明日、練習に付き合ってください」
「かしこまりました」
マリアは笑顔で答えた。
「先生役の練習ですね」
「はい」
エリシアも笑う。
しかし。
その表情には、少しだけ緊張と不安が混じっていた。
「……本当に、できるでしょうか」
ここに、王女の新たな挑戦が始まった。




