第42話 信頼を形に
市場の視察から約1週間後。
王城、会議室。
長い机を囲むように、
数名の文官が座っていた。
中央に座るのは、商務局長。
灰色の髪をきっちりと整えた、五十代ほどの男だ。
「お招きいただき光栄です、陛下」
深く一礼する。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。
ご相談したいことがあります」
エリシアは手元のメモを開いた。
「先日、市場を視察いたしました。
活気があり、商いも盛んでした」
顔を上げ、文官達と視線を交わす。
「ですが、初めて訪れた方には、どのお店が誠実なのか、
安心して買い物ができるのか、分かりにくいと感じました」
局長は静かに頷く。
「昔からの課題でございますね」
「やはり、そうなのですね」
「はい。真面目に商売をされる方が多い一方で、
品質のばらつきや、法外な価格設定、計量のごまかし等で、
行儀の悪い店もあるようです」
裂けた布を抱えていた女性。
そして、呆れたように立ち去る後ろ姿。
エリシアが、市場を思い出しながら、
ゆっくりと口を開いた。
「私から提案があります」
会議室が静かになる。
「例えばですが、安心して買い物ができる目印を作る、
というのは如何でしょうか」
「目印、ですか」
商務局長の目がわずかに細くなった。
エリシアは手元のメモに視線を落とす。
「はい。誠実に商売されているお店を、
初めて来た方でも分かるようにしたいのです。
そのために、何か良い案は無いでしょうか」
エリシアが手ぶりを交えながら続ける。
「国が、価格を決めたり、制限を掛けたいわけではありません。
商人の皆様には、自由に商売をしていただくことが大前提です」
商務局の文官たちが顔を見合わせる。
しばらく沈黙が続いたあと、
文官同士が話をしはじめた。
しばらく後、一人の若い文官がエリシアの方を向いた。
「陛下。それでしたら、登録制度が考えられます」
「登録制度?」
「はい。希望する商人や商店に、商務局へ登録していただき、
一定の基準を満たしたお店へ印章を交付するのです」
「ふむ……」
局長が腕を組み、思案する。
更に別の文官が続けた。
「一例ですが、計量をごまかさないこと。
偽物や粗悪品を売らないこと。
苦情があった場合は調査に応じること。
その条件を守る商人だけが、王国認定の印章を掲げられるようにする、と」
エリシアは目を輝かせた。
「それなら、お客様は安心してお店を選べますね」
しかし、局長は慎重だった。
「陛下、こうした制度を作ること自体は可能です。
ただし、商人の信頼そのものを、国が保証するものではございません。
その点はご認識いただけておりますでしょうか」
「……どういう意味でしょうか」
「商いの信頼は、商人自身が積み重ねるものだからです」
静かな声だった。
「私たちができるのは、誠実に商売をする者が、正しく評価される仕組みを整えること。
そこまででございます」
エリシアは、その言葉をゆっくり噛みしめた。
信頼。
商品だけではなく、お店そのものを信じる。
そのための目印を作る。
それが、今の自分たちにできることなのだろう。
エリシアは顔を上げて、局長の鋭い目を見つめ返した。
「はい、承知しております。
その積み上がった信頼を見てわかるようにしたいのです。
まずは王都の市場で試験的に始めてみましょう」
局長が静かに頷いた。
文官たちも次々と頷く。
「登録条件の案をまとめます」
「印章のデザイン、どういったものが良いでしょうか」
「苦情窓口の体制も検討いたします」
「登録手数料を取った方が良いかもしれませんね」
会議室が一気に動き始めた。
エリシアはその光景を見渡し、小さく微笑む。
「実際に、市場を歩かなければ、
この問題には気付けませんでした」
局長も穏やかに答える。
「現場を見ることは、何よりの学びでございます」
エリシアは深く頷いた。
橋を架けることも。
学ぶ機会を作ることも。
そして、安心して買い物ができることも。
一つ一つは、小さなことかもしれない。
けれど、その積み重ねが、
人々の暮らしを少しずつ良くしていく。
「皆様、よろしくお願いいたします」
エリシアの言葉に、会議室の全員が静かに頭を下げた。
こうして王国では、新しい『信頼の証』を作る準備が始まったのだった。




