第41話 市場を歩けば
午後二時。
陽太は、人がまばらになった大学の食堂の片隅で、
スマホから、いつもの動画サイトに繋ぐ。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:昼配信きた!
:市場だ!
:久しぶりの外配信!
:こんにちは!
画面が映る。
石畳の広場。
両脇には露店が立ち並び、多くの人で賑わっている。
「皆様、こんにちは」
エリシアは、画面に向けて穏やかに一礼した。
「ほら、マリアも」
促されるように、画面の横から、
メイド服姿が映りこむ。
「みなさま、ご無沙汰しております」
:マリアさーん
:おひさ!
:綺麗!
「本日は、市場の視察です。
皆様も、お気づきのことがあればお知らせください」
画面の向こうでは、元気な呼び込みの声が飛び交う。
果物。
野菜。
焼きたてのパン。
布や陶器。
色とりどりの商品が並んでいた。
:やっぱり賑わってる!
:歩いてるだけで楽しい
:いい雰囲気
「私自身、商いについても
一緒に勉強させていただこうと思っております」
少し微笑む。
しばらく歩いて。
エリシアは、一軒の果物屋の前で足を止めた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、陛下!」
店主が笑顔で頭を下げた。
赤い果実が木箱いっぱいに並んでいる。
「とてもおいしそうですね」
「今朝収穫したばかりですよ」
:おおうまそう
:リンゴに似てる
:食べたい
:値段は?
エリシアが、カゴの前に掛かっている値札を見る。
「銅貨二枚。では、お一つ頂けますか?」
「ありがとうございます!」
そのまま数十メートル程歩くと、
再び果物を売っている店を見つけ、目を向けた。
同じような果物。
しかし値札は銅貨四枚だった。
「……先ほどの、倍のお値段ですね」
:なんで?
:違いが分からん
:ブランド?
店主が胸を張る。
「これは陛下。
こちらは、傷が少なく、贈り物にも使われる高級品ですよ」
「それでは、お一つ」
エリシアは、店主から手渡されたそれと、
先ほど買ったものと二つを見比べた。
「見た目で違いを判断するのは難しそうですね。
マリア、違いはわかる?」
「いえ……私にもわかりません」
:食べないと分からないよね
:一緒に見える
「ですが……」
マリアは言い淀む。
「思ったことを言っていいのよ」
エリシアに促されたマリアが口を開いた。
「陛下、どちらの店も相場より割高です。
品質の違いを考えたとしても、少々お高いかと」
「……なんとまあ」
:高い買い物だった
:草
:ワロタ
◇ ◇ ◇
更に少し歩いたところに、布屋があった。
色鮮やかな布が並んでいる。
その前で、一人の女性が、困った顔で店主と話をしていた。
「申し訳ありません」
頭を下げる店主と、裂けた布を手に持つ女性。
「ですから、先日こちらで買ったばかりなのですよ。
たった一度洗っただけで……」
店主は布を見る。
「買った後のことは、対応できませんし、
交換もお断りしております」
「先月、別のお店で購入した布は、一緒に洗っても大丈夫でしたの。
こちらで購入したものだけ、このようになったのです。
ですから、何とかするのが商いではなくて?」
「そう言われましても、無理なものは無理です」
店主の語気が少し強まる。
少しの沈黙の後、女性が声を荒げた。
「ええ、わかりました。
こちらなら安心だと思って買ったのですが。残念です。
この店では買わないように、周囲にも言っておきますわ」
「ええどうぞ。
ですが、何を仰られても、我々は、買われた後の扱いまでは知りません」
埒の空かない店主に、女性は更に何か言いかけたが、
大きくため息をつき、そのまま立ち去った。
エリシアは、その後ろ姿を静かに見送る。
そのやり取りを見ていた数人の客も、
黙って店を離れていった。
「お客様からすると、粗悪品を売られたと思われたのでしょう」
マリアがエリシアだけに聞こえるぐらいの声でつぶやいた。
:きっつー
:空気重い
:うわ
:感じ悪い
コメント欄が、何とも言えない気持ちに包まれる。
◇ ◇ ◇
市場を歩きながらエリシアが尋ねる。
「皆様でしたら、
初めて訪れた市場で、どこでお買い物をされますか?」
コメント欄へ目を向ける。
:難しいな
:口コミ
:知ってる店で買う
:レビュー見る
エリシアは頷く。
「口コミ……ですか」
太陽:初めて行く場所なら、評判を頼りにしますね
太陽:客が多いような「この店なら大丈夫そう」で選ぶと思います
エリシアの目が、自然と止まる。
「大丈夫そう……」
静かに読み返す。
その声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
:商品よりお店で選ぶかも
:ぼったくられたくないしね
「お店そのもの……」
太陽:お店に対する安心感が大事なのかもしれません
エリシアは少し考え込む。
「つまり、良い商品かどうかだけではなく」
市場を見渡す。
「安心して買えるという、お店の信頼が大切なのですね」
◇ ◇ ◇
市場を一通り歩き終えた。
「本日は、ありがとうございました」
エリシアは一礼する。
「活気ある市場を皆様にも見ていただけて、とても嬉しく思います」
一拍置いた。
「そして今日、また一つ学びました」
コメント欄を見る。
「どのお店が安心して買い物ができるか分からないということです」
少しだけ視線を落とす。
「誠実なお店も、そうでないお店も、
初めて来た方には見分けることが難しそうですね」
:確かに
:パッと見てわからないよねー
:難しい問題だ
エリシアはゆっくり頷いた。
「とても勉強になりました。
皆様にも見ていただけていると思うと、
いつもの視察も、とても新鮮に感じますね」
微笑む。
「それでは、本日はここまでにいたします」
:おつ王!
:またね!
配信が終了した。
◇ ◇ ◇
帰りの馬車。
マリアがお茶を差し出す。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
一口飲む。
そして手帳を開く。
今日のページには、短く一言だけ。
『信頼』
その文字を見つめながら、小さく呟く。
「商人の皆様が積み重ねてきた信頼を、お客様へ分かりやすく届ける方法……」
マリアが静かに尋ねる。
「何か、お考えがおありですか?」
エリシアは首を横に振った。
「まだ、形にはなっていません」
それでも、その表情には迷いよりも期待があった。
「ですが、この問題は私一人で考えるよりも、
商いに携わる方々のお知恵をお借りした方が良さそうですね」
マリアは頷く。
「商務局へお話を通しておきます」
「お願いします」
エリシアは窓の外を眺めた。
市場に並ぶ一つひとつの店が、誠実な商いで正しく評価される国へ。
そのために、何ができるのか。
新たな課題を胸に、王城への道を静かに進んでいった。




