第40話 心配しておりました
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:おつ王!
:やっほー
:こんばんは!
「皆様、こんばんは」
エリシアはいつものように一礼する。
「本日もよろしくお願いいたします」
:よろしくー
:今日は雑談?
:橋の進捗ある?
「橋の工事も少しずつ進んでおります」
穏やかな笑顔で近況を話しはじめる。
復興局から届いた報告。
例えば、北部の畑では作物が順調に育っていること。
例えば、学ぶ機会づくりについて、補佐官たちと準備を進めていること。
コメント欄も、いつものように流れていく。
:順調そうで何より
:無理しないでね
:応援してます!
エリシアは頷きながらコメントを読んでいた。
(……あれ?)
ほんの少しだけ、エリシアの視線が止まる。
いつもなら、もう見つけている名前。
――太陽。
まだ見当たらなかった。
配信は始まったばかり。
気のせいかもしれない。
そう思い、話を続ける。
「それから、魔法局より通信術式についてもご報告をいただきまして――」
:おー
:また進展ある?
話は進む。
十分。
二十分。
コメント欄は今日も賑やかだ。
けれど。
(今日は、お忙しいのでしょうか……)
自然と、もう一度コメント欄へ目が向く。
:太陽さん今日いないね
:大学かな?
:バイトじゃない?
:そのうち来るでしょ
エリシアは、そのコメントを読んでしまった。
「……そうですね」
小さく笑う。
「皆様にも、ご予定がおありですものね」
そう言って話題を戻した。
けれど、その笑顔は少しだけ寂しそうに見えた。
◇ ◇ ◇
(しまった!)
その頃、陽太は駅から飛び出して、家路を走っているところだった。
ゼミの課題に就活にと、大学でつい話し込んでいるうちに、時間を忘れていた。
スマートフォンを見る。
午後十時三十分。
「やばい!」
家の前に辿り着く。
急いで鍵を開け、バッグを放り投げると
ノートパソコンの電源を入れる。
(間に合え……!)
配信画面が開く。
コメント欄はいつも通り流れている。
陽太は、息も絶え絶えに、キーボードへ手を伸ばした。
太陽:遅くなりました。こんばんは。
送信。
その数秒後。
「……あ」
エリシアから、小さく声が漏れた。
青い瞳が、コメント欄の一点で止まる。
一瞬だけ、表情がほころんだ。
「太陽様、こんばんは」
先ほどより少しだけ明るい声。
コメント欄がざわつく。
:きたー!
:おかえり!
:待ってたw
:太陽さんこんばんは!
陽太は少し照れくさくなる。
エリシアが続けた。
「本日は、お忙しかったのですね」
その一言に、陽太の手が止まる。
(……気付いてた?)
コメント欄も同じことを思ったらしい。
:ずっと待ってたよ
:エリさま嬉しそう
:王様優しい
:常連だからね
エリシアが「あっ」という表情を浮かべる。
少しだけ頬が赤くなる。
「あの、その……。
いつもお見かけしておりますので」
小さく咳払いをして。はにかんだ。
「ご体調を崩されたのではないかと、少し心配しておりました」
コメント欄が一気に流れる。
:王様、安心した顔してるw
:優しい……
:太陽さん愛されてるなw
:俺も心配されたい
:古参特典うらやましい!
陽太は胸の奥が、じわっと熱くなるのを感じた。
ほんの一言。
それだけなのに。
今日一日の疲れが、全部吹き飛んだような気がした。
太陽:ご心配をおかけしました。大学で少し遅くなりました
「そうだったのですね」
エリシアはほっとしたように笑う。
「それなら安心いたしました」
その笑顔は、どこかいつもより柔らかかった。
◇ ◇ ◇
その日の配信は、終始穏やかな雑談だった。
好きな季節の話。
マリアの話。
焼きたての蜂蜜パンの話。
他愛もない話で笑い合う時間。
「それでは、本日もありがとうございました」
配信終了間際。
エリシアは一礼すると、
ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、そうでした」
少しだけ微笑む。
「明日は、久しぶりに市場へ視察に参ります」
コメント欄が一気に流れる。
:おっ!
:二回目の外配信!?
:市場!
:楽しみ!
「はい。
皆様にも改めてご覧いただこうと思っております」
:やったー!
:蜂蜜パン!
:絶対見る!
エリシアも嬉しそうに頷いた。
「では、明日は午後二時に」
:おつ王!
:おやすみなさいー
画面が暗転する。
陽太が椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎ見る。
自分の気持ちに気付いてしまった。
以前は配信を見ることが純粋に楽しみだった。
今は違う。
画面越し。
声だけ。
それでも。
同じ時間を過ごせる、限られた一時間が、
一日の中で一番大切な時間になっていた。
だからこそ、明日の市場配信も、楽しみで仕方がなかった。




