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第39話 自覚

 大学。


 陽太は、午後の講義を受けていた。

 こじんまりとした教室で、教授が経済政策について説明を続けている。


「――以上が地方経済における、公共投資の効果です」


 教室にはノートを取る音、キーボードを打つ音が響く。


 陽太もノートを開いていたが、


(……聞けてないな)


 手が止まる。

 頭に浮かぶのは、少し前に協力した通信実験のこと。


『太陽様』


 耳の奥で、あの声が蘇る。


『私も、とても嬉しかったです』


 講義よりも、その一言ばかり思い出してしまう。


「―――佐藤。佐藤!」

「……え?」


 教授の声に慌てて顔を上げる。


「今の説明、どう思う?」

「あ、えっと……」


 教室の視線が集まる。


「……すみません、もう一度お願いします」


 小さな笑いが起きた。


「ちゃんと聞いとけよー」


 教授も苦笑しながら説明を続ける。

 陽太は頭をかいた。



 講義が終わる。


「おーい」


 帰り支度をしていると、健太が席まで来て、陽太の肩を叩いた。


「お疲れ。今日どうした?」

「何が?」

「いや、授業中ぼーっとしてたじゃん」

「そんなことないって」

「あるある」


 健太が笑う。


「最近ずっと上の空だし」


 陽太は苦笑するしかなかった。


「寝不足か?悩みがあるなら聞くぞ」

「……まあ、寝不足かな……」

「彼女ができた?」

「違う」

「じゃあ片想い?好きな人でもできたか?」

「……いや……違う……」


 自ら否定する言葉に、胸の奥がズキッとする。


「なるほど、そういうことか。頑張れよ!」


 健太がニヤニヤとして、再び陽太の肩を叩いた。


「俺、次の講義、あっちの教室だから」

「いや、だから……!」

「じゃあな。がんばれよー」

 

 思わず言い淀んでしまう。

 否定しきれないまま、陽太は、立ち去る健太の後姿を見つめていた。



 夜。


 夕食を済ませ、机へ向かう。


 自然とノートパソコンを立ち上げていた。

 配信開始まで、まだ1時間以上ある。


 待ちきれず、動画サイトを開いてしまう。

 一覧に並ぶサムネイルから、アーカイブを再生する。


 穏やかに微笑むエリシア。


 通信実験の報告配信。

 教育について語った配信。

 どれも同じようで、少しずつ違う笑顔。


(……綺麗だな)


 思わず見惚れる。


 艶のある、銀色にも白金にも見える、シルクのような長い髪。

 透き通るような青い瞳。


 初めて配信を見た時も、美人だとは思った。


 笑う理由も。

 困る表情も。

 真剣な横顔も。

 少し照れた時の癖も。


 色々と知ってしまった。

 だからこそ、以前よりも、ずっとずっと綺麗に見える。


 通信実験の日。


 エリシアの姿が一瞬だけ映った。

 本当に一瞬だけ。


 あの時、自分を見つけたエリシアは……


 両手を口元へ当てて、本当に嬉しそうな顔をしていた。


(……あれは)


 間違いなく、自分へ向けられた笑顔だった。

 そう思っただけで、胸が熱くなる。


 ふと考えてしまう。


 もし、同じ世界に住んでいたら。

 一緒に街を歩いて。

 他愛もない話をして。


 笑って。


 そんな未来も、あったのだろうか。

 すぐに苦笑する。


「何考えてるんだ、俺」


 相手は異世界の住人。

 会えるはずがない。


 お互いの声が届いた。


 それだけでも奇跡なのに、これ以上を望むなんて贅沢だ。



 画面には、笑顔のエリシア。


 陽太は、そっと、画面へ手を伸ばしかけた。

 けれど、触れる直前で止める。


 そこにあるのは、ただのアーカイブ映像。

 どれだけ手を伸ばしても届かない。


「……会いたいな」


 静かな部屋に、小さな声が落ちた。


 その瞬間。


 自分が何を口にしたのか理解する。

 言い訳は、もうできなかった。


「……そっか」


 小さく笑う。

 どこか、困ったように。


「俺……」


 窓の外には夜空が広がっていた。

 こことは違う世界。


 それでも。

 あの笑顔を、直接見たいと思ってしまう。


 届かないと分かっていても。

 会いたいと願ってしまう。


 それが恋なのだと。

 陽太は、この夜、ようやく気付いた。

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