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第35話 応募できなかった理由

 通信実験から数日後。


 北部復興局。


 エリシアは補佐官制度についての報告書へ目を通していた。


「……こちらは、今回の採用結果ですね」


 机の上には数枚の資料が並ぶ。


 採用者。

 そして、残念ながら不採用となった応募者。


「どなたも、甲乙つけがたい方ばかりでした」


 局長が静かに口を開いた。


 エリシアは頷く。


 復興。

 橋の建設。

 補佐官制度。


 少しずつではあるが、国は前へ進んでいる。


「陛下。もう一つ、ご報告がございます」


 局長が一枚の紙を差し出す。


 補佐官制度に寄せられた意見がまとめられていた。

 その中で、いくつかの文章に、エリシアの目が止まる。


『応募したかったが、文字が書けず諦めた』


「……え?」


 思わず読み返す。


「文字が書けず……?」

「はい」


 局長は静かに頷いた。


「北部では珍しい話ではございません」


 エリシアが顔を上げ、眉をひそめる。

 局長が、少し考えてから答えた。


「文字の読み書きができない方は、多くおります。

 募集の掲示を読めず応募ができなかったものも、

 一定数いたのではないかと」


 エリシアは言葉を失う。


 募集を出せば応募したい人が来る。

 そう思っていたが、それ以前の問題だった。


「……私は」


 小さく呟く。


「最初から、応募できない方がいることを考えていませんでした」


 局長は責めることなく答える。


「王都では文字を読める者が多くおりますから」

「地方では違うのですね」

「はい」


 農村。

 開拓村。


 生活に追われる者たちは、文字を学ぶ機会そのものが少ないのだろうか。


「学校は……ないのですか?」


 エリシアが尋ねる。


「もちろん、ございます」

「では」


 質問を重ねる。


「なぜ文字を読めない方が?」


 局長はしばらく考えると、首を横へ振った。


「王都には学舎もございます。

 ですが、多くは貴族や裕福な商家の子息が学ぶ場所です。

 陛下、僭越ながら、一度現地をご覧になれば分かるかと」


 エリシアは静かに息を吐いた。


 知らなかった。


 橋だけではない。

 補佐官制度だけでもない。


 国には、まだ見えていない課題がある。


◇ ◇ ◇


 午後十時。


【エリシア・アルヴェイン 配信開始】


:おつ王!

:こんばんは!

:エリさま元気ー?


「皆様、こんばんは」


 いつもの挨拶を終える。

 雑談を交えながら配信は進む。


 そして、少しトーンを落として。


「本日は、皆様へ一つお伺いしたいことがあります」


:なんだろ?

:真面目モード?

:質問だ


 エリシアは手元のメモを見る。


「日本では、農民の方や商人の方のお子様も、学校へ通われるのでしょうか」


 一瞬、コメント欄が止まる。

 次の瞬間。


:もちろん

:小中はみんな行く

:実質高校も

:俺は勉強嫌いだったけどな

:学校行ってもずっと寝てたわ


 エリシアが目を丸くした。


「……全員、ですか?」


:うん

:学校行かない方が珍しい


 エリシアは思わず聞き返す。


「貴族だけではなく?」


:関係ないよ

:農家の子も行く

:義務教育だし


 ノートへ書き込む。


『全員』

『学校』

『義務教育』


「義務……教育?」


 エリシアには聞き慣れない言葉だった。


太陽:日本では、子どもは学校へ通うことを法律で義務付けています。

   読み書き・計算等、生活を豊かにする上で、とても大切だからです。


:仕事でも必要

:大人になって使わない知識も多いけどね

:俺ずっと学生でいたかったわ


 エリシアはコメントを追いながら、小さく頷いた。


「……生活を豊かにするため」


 自然と声が漏れる。

 その発想は、自分にはなかった。


 学問とは、国を治める者や商いをする者が学ぶもの。

 そんな考えが、どこか当たり前になっていた。



「補佐官を募集したことで、文字の読み書きができず、

 応募を諦めた方もいらっしゃったことが分かりまして」


 エリシアの返答に、コメント欄が流れる。


:よし、学校建てようぜ

:先生も必要だよね

:教科書も欲しい

:親の理解も大事

:公共事業はじまった


 エリシアは苦笑した。


「また、新しい課題が見つかってしまいましたね」


:でも前進してる!

:一歩ずつ!

:エリさまなら大丈夫!


太陽:焦らなくて大丈夫です

太陽:課題が見つかったのは、十分前進ですよ


 画面いっぱいに応援の言葉が流れる。


 その光景を見て、エリシアも微笑んだ。


「ありがとうございます。

 今日も、一歩ずつですね」


◇ ◇ ◇


 配信終了後。


 執務室。


 マリアがお茶を置く。


「本日もお疲れ様でした」

「ありがとう」


 一口飲む。


 温かな湯気が立ち上る。

 机の上には、配信中に書き留めたメモ。


 『学校』

 『教師』

 『教科書』

 『義務教育?』

 『親も協力』


 マリアが覗き込み、小さく笑う。


「また、課題が増えましたね」


 エリシアも苦笑した。


「ええ」


 少しだけ窓の外を見る。


「以前は、橋を架ければ終わりだと思っていました。

 補佐官制度を作れば、あとは上手くいくとも」


 静かに首を振る。


「知れば知るほど、新しい課題が見えてきます。

 関わる方々に、様々な事情があることもわかりました」


 マリアは穏やかに微笑んだ。


「それでも、陛下は前へ進まれるのでしょう?」


 エリシアも笑みを返す。


「はい。皆様に教えていただきながら、一歩ずつ」


 その瞳は、次の未来を見つめていた。

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