第34話 半分成功、半分失敗
通信実験の翌日。
大学の昼休み。
陽太は学食の隅の席で、一人スマートフォンを眺めていた。
画面には過去の配信アーカイブ。
サムネイルには、穏やかに微笑むエリシアの姿。
(……もし)
映像通信まで成功していたら。
本当に向かい合っているように見えたのだろうか。
『太陽様』
そう、笑顔で呼びかけてくる姿を思い浮かべてしまう。
「佐藤……何ニヤけてんだ?」
「うわっ!」
突然、頭上から声がした。
慌ててスマートフォンを伏せる。
同じ学科の健太が立っていた。
「びっくりした……」
「いや、俺の方がびっくりだわ」
健太が笑う。
「最近、よくスマホ見ながら笑ってるよな」
「そんなことないって」
「あるある」
健太は、勝手に同じテーブルに腰掛けてきた。
「何だ?ついに彼女か?写真見せろよ」
「……違うって」
「じゃあ、なんだ。配信か?」
「まあ、そんな感じ」
「へぇ」
健太は深く追及せず、飲み物を一口飲む。
「でもさ」
一拍置いて笑う。
「最近のお前、前より楽しそうだよな」
「……そうか?」
「そう感じる」
健太は軽く頷く。
「就活の話してた頃より、全然顔が違う」
陽太は少し考えた。
「……それは、そうかも」
自然と笑みが浮かんだ。
◇ ◇ ◇
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:おつ王!
:実験どうだった!?
:待ってました!
:結果報告!
「皆様、こんばんは」
エリシアはいつものように一礼した。
しかし今日のコメント欄は、開始直後から落ち着かない。
「皆様、気になっておられるようですね」
:そりゃそう
:成功した?
:どうだった?
エリシアは少し困ったように笑う。
「結論から申し上げますと」
一呼吸置く。
「気持ちとしては大成功ではあるのですが、
実際は、半分成功で半分失敗、といったところでしょうか」
:半分?
:どういうこと?
「音声通信は上手くできました。大成功です」
穏やかに説明する。
「ですが、映像は開始直後から乱れてしまい……。
通信装置も壊れてしまいました」
少しだけ視線を落とす。
:惜しかった……
:あと少しだったか
:でも声はいけたんだ!
エリシアは頷く。
「はい。魔法局の皆様も、実験で課題が明確になったことは大きな成果だと仰っていました」
:前進だな
:ゼロじゃない!
「ええ」
その言葉に、エリシアも柔らかく微笑んだ。
「昨日できなかったことが、今日できるようになる。
そうして少しずつ積み重ねていけば」
窓の外へ目を向ける。
「いつか、もっと長く。
もっと素敵な形で、お話しできる日が来ると信じています」
:応援してる!
:次こそ映像だ!
:魔法局ファイト!
コメント欄が温かく流れていく。
:で、太陽さんと何話したん?
:気になる
:どんな声だった?
「そうですね。お互いに感謝をお伝えしあいまして。
……勝手に申し上げて良いかわからないのですが」
少しはにかみながら。
「太陽様、とても、お優しい声でした」
コメント欄が一気に流れはじめた。
:太陽さんだけずるい!
:言われてみたい!
:ヒュー
:うらやま
:太陽さんも配信してみてよ
「ちょ……!」
陽太は思わずニヤける口元を抑え、一呼吸してからキーボードへ手を伸ばした。
太陽:直接お話できて、本当に嬉しかったです。
太陽:ありがとうございました。
当たり障りのない形で送信。
エリシアはそのコメントを見つける。
一瞬だけ、照れたように目を細めた。
「……ありがとうございます」
小さく微笑む。
「私も、とても嬉しかったです」
その一言に、コメント欄が少しだけ盛り上がる。
:エリさま照れてる?
:かわいい
:よかったな太陽さん!
エリシアは慌てて咳払いをした。
それから、いつものように雑談が落ち着いたタイミングで。
「本日はここまでにいたします。
皆様、おやすみなさい」
:おつー
:また明日
エリシアは一礼し、配信画面が暗転した。
コメント欄も止まる。
◇ ◇ ◇
配信終了後。
執務室。
マリアがお茶を運んでくる。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
一口飲む。
温かさが身体へ染み渡る。
「太陽様とお話できたこと、
皆様も、とても喜んでくださいました」
「……陛下も、ではありませんか?」
マリアが穏やかに微笑む。
エリシアは一瞬だけ動きを止めた。
「え?」
「違うのですか?」
「その……」
視線を逸らす。
「……嬉しかった」
耳がほんのり赤く染まる。
マリアは何も言わず、小さく笑った。
エリシアは湯気の立つ紅茶へ視線を落とす。
その温かさは、不思議と胸の奥に残る気持ちによく似ていた。




