第33話 いつもより近くに
三日後の昼。
魔法局。
普段は静かな部屋に、
この日ばかりは、多くの局員たちが集まっていた。
部屋の中央。
エリシアの目の前に、金属製の円盤が置かれている。
複雑な魔法陣が刻まれたその表面には、淡い、青い光が宿っていた。
「術式展開、最終確認」
局長の声が響く。
「補助術式、問題ありません」
「魔力供給路、正常です」
「円盤の共鳴率、九十七パーセント」
次々と報告が上がる。
局長が周囲に聞こえるよう声を出す。
「始めましょう」
エリシアは深く息を吸う。
両手を円盤へ添え、魔力を込める。
しばらくして。
「太陽様の通信装置、見つけました」
局長が静かに頷く。
「陛下、それではお願いします」
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
陽太は、自室でパソコンを付け、その前に座っていた。
エリシアからは、このまま待っていてほしいとの話だった。
約束の時間まで、あと数分。
画面には、いつもの配信画面ではなく、
アイコンが散乱したデスクトップが映っているだけ。
(本当に始まるんだよな……?)
喉が渇く。
何を話せばいいのだろう。
いや、その前に本当に成功するのだろうか。
落ち着こうとしても、鼓動だけは速くなっていく。
◇ ◇ ◇
「術式、起動」
局長の合図に合わせ、
部屋全体が淡く輝いた。
エリシアが、円盤へ、さらに魔力を流し込む。
刻まれた魔法陣が一つずつ光を帯びていく。
空中に小さな光が集まり始めた。
「通信経路、接続確認」
局員が声を上げる。
「接続を確認!」
他の局員が復唱する。
光が一気に広がる。
円盤の上へ、若い男性の姿がぼんやりと浮かび上がった。
「……!」
エリシアが思わず両手を合わせて口元を押さえる。
「成功だ!」
誰かが声を上げる。
その瞬間だった。
映像が大きく揺らいだ。
バチッ!
円盤から、小さな火花が散る。
「映像経路が不安定です!」
「保持できません!」
光と、局員の声が乱れる。
映像が崩れていく。
局長は即座に判断した。
「映像術式を切れ!」
「音声通信へ移行!」
「陛下、魔力消費を抑えてください!」
「はい!」
エリシアは頷く。
魔力の流れを調整する。
乱れていた光が少しだけ落ち着いた。
「音声通信、維持できます!」
「成功しました!」
局員達から次々と声が上がった。
◇ ◇ ◇
陽太の部屋。
デスクトップが急にホワイトアウトする。
エリシアの輪郭がぼやっと映った――!
と同時にスピーカーから小さなノイズが聞こえた。
次いで画面が暗転する。
「…………」
失敗か。
そう思った、その時だった。
『……聞こえますか?』
女性の声。
いつもの、聞き慣れた声。
けれど、配信越しとは違う。
まるで、すぐ隣で話しかけられたような立体感のある声だった。
陽太は思わず息を呑む。
「…………」
言葉が出ない。
『太陽様……?聞こえていますか?』
不安そうな声。
その一言で我に返る。
「き、聞こえます!」
少し声が裏返った。
「ああ、良かった。
本当に、お声が届いていますね」
「はい……」
陽太が思わず笑顔になる。
「なんだか、不思議です」
「私もです」
二人とも少し照れていた。
いつもコメントでやり取りしている。
それでも、声になるだけで、こんなにも近く感じるとは思わなかった。
「太陽様」
「はい」
「本日は、ご協力ありがとうございます」
「こちらこそです」
エリシアには姿が見えているのだろうか。
モニターに向けて、お辞儀をする。
「実はトラブルで、映像は難しくなったのですが……」
「やはり、映像は届いていないのですね」
「はい。
それでも!こんな日が来るなんて思っておりませんでした」
「私もです」
エリシアの声が嬉しそうだった。
「皆様と最初に繋がった日のことも、今でも覚えています。
人もコメントも少なくて。
それでも……」
少し間を置く。
「太陽様は、ずっと見守ってくださいました」
陽太は照れくさくなる。
「俺は……」
言い直す。
「いや、私は、ただ応援したかっただけですよ。
エリシア様が、毎日頑張ってる姿に勇気づけられました」
「私もです。太陽様や、皆様からの暖かい応援に、何度も助けられました」
これまで以上に、優しいエリシアの声だった。
「本当に、ありがとうございます」
その時だった。
◇ ◇ ◇
「局長!」
一人の局員が声を上げ、全員が振り向く。
「円盤の温度が急上昇しています!」
円盤の表面が赤く染まり始めていた。
魔法陣が熱を帯び、細かな亀裂が走る。
「魔力が集中しすぎています!」
「冷却が追いつきません!」
局長の表情が変わる。
「陛下!
円盤がもう持ちません!」
エリシアは円盤を見る。
まだまだ話したい。
せっかく繋がったのに。
「太陽様!」
思わず呼ぶ。
「はい!」
「今日は、本当に――」
パキッ!――
乾いた音が部屋に響いた。
円盤の中央に亀裂が走る。
次の瞬間。
魔法陣の光が消えた。
周囲には焦げたような匂いが漂っていた。
部屋を沈黙が支配する。
「……申し訳ございません、陛下」
局長が頭を下げる。
「いえ」
エリシアは首を振った。
壊れた円盤を見つめながら、小さく微笑む。
「これは……大成功です。
ちゃんと、届きましたから」
局長も静かに頷く。
「そう仰っていただけると。
お蔭様で、試作品の課題も明確になりました」
エリシアは嬉しそうに頷いた。
「次は、もっと長く繋げられるでしょう。
もちろん、映像も」
「はい。引き続きよろしくお願いします」
いつか。
今日よりも、近くで話せる日が来ることを信じて。
◇ ◇ ◇
陽太の部屋。
スピーカーから聞こえていた声は途中で消えた。
「終わった……」
思わず呟く。
ほんの数分。
この数日考えていたことは、何も話せなかった。
ただ、これまでの感謝を伝えただけ。
それでも……
自然と笑みが浮かぶ。
心臓のバクバクは、まだ止まらない。
大きく息を吐く。
「……話せたな。すげぇ」
エリシアの姿は見えなかったのに、
いつもより、とても、とても近くに感じられた。




