第32話 お願いがあります
王城内にある、魔法局。
この日、エリシアは執務の合間を縫って、その一室を訪れていた。
机の上には、複雑な魔法陣が描かれた、
直径五十センチほどの金属製の円盤が置かれている。
「お待たせしました。
陛下、こちらが試作品です」
魔法局長が静かに説明する。
「通信術式の拡張円盤になります」
エリシアは円盤の表面を見つめた。
「今のものとの違いは?」
「双方向です」
局長は短く答えた。
「これまでは一方的に映像と音声を届けるだけでしたが」
円盤を手に取る。
「これは、特定の相手と、
双方から映像と音声を送り合えます」
エリシアが思わず目を見開く。
「成功したのですね」
「いえ、まだ成功とは申し上げられません」
局長は首を横に振った。
「使用者の魔力消費があまりにも大きいのです」
資料を差し出す。
「試作品では、およそ数分が限界かと」
「数分……」
「さらに術式展開が非常に不安定です」
局長は続ける。
「相手との繋がりが薄い場合、通信そのものが成立しません」
「繋がり?」
「はい。簡単に申し上げると、陛下の術式で、
長期間、安定して通信を続けてきた相手ほど成功率が高くなります」
エリシアは少し考えた。
そして、一人の名前が浮かんだ。
(……太陽様ですね)
「候補の方は?」
「はい、心当たりが。一度ご相談してみます」
局長が静かに頷く。
エリシアは円盤をそっと胸に抱きよせた。
(太陽様と、顔を合わせてお話ができる……)
その事実に、胸が高鳴った。
◇ ◇ ◇
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:こんばんはー!
:おつ王!
:おつ王~!
「皆様、こんばんは」
いつものように一礼する。
配信は穏やかに始まった。
補佐官制度の話や雑談が進む。
「皆様のおかげで、少しずつ前へ進めています」
:順調そうでよかった
:応援してる!
:橋楽しみ!
コメント欄は今日も温かかった。
やがて雑談が一段落すると、
エリシアは一度ノートを閉じた。
「最後に、一つご報告があります」
:お?
:なんだろ
「魔法局より、通信術式の拡張試作品が完成したと報告がありました」
:??
:……どういうこと?
:この配信も魔法だっけ?
「はい。
皆様の世界と、新しいやり取りができるようになります」
:新技術!
:魔法局仕事した!
:何が変わるの?
エリシアは小さく笑う。
「まだ試作品です。
膨大な魔力が必要で、維持できる時間が短く、成功する保証もありませんが……」
:実験か
:なるほど
:それで?
一呼吸置く。
「映像と音声を、双方でやり取りできます」
一瞬、コメント欄が止まった。
次の瞬間、一気に加速する。
:えええええ!?
:こっちからもしゃべれるの!?
:革命じゃん!!
:ヤバ
:すげええええ!!
エリシアも、その勢いに少し驚く。
「ただし条件があります」
コメント欄が少し落ち着く。
「一対一のみの通信になります。
そして、長期間、通信を続けていたお相手ほど、成功率が高いそうです」
数秒の沈黙。
:太陽さんじゃん
:太陽さん、出番ですよ!
:最古参!
:代表きた
:他にいないだろw
コメント欄が一斉に同じ結論へ辿り着く。
陽太は苦笑した。
(は?いや……俺?)
思わず画面を見返す。
すると。
エリシアは少し照れたように微笑む。
「もし、ご都合がよろしければ。
私は、太陽様に……
実験のご協力をお願いしたいと考えております」
陽太はしばらくキーボードの前で止まっていた。
本当に、自分でいいのだろうか。
鼓動が少し早くなる。
緊張で指が震える。
それでも。
太陽:光栄です。私で良けれb、お手伝いします。
送信。
直後。
「あ……」
:草
:タイプミスwww
:太陽さん焦ってるw
太陽:光栄です。私で良ければ、お手伝いします。
再び、ゆっくりと打ち直した。
:頼んだぞ!
:代表だ!
:応援してる
:成功するといいな!
コメント欄は祝福するような空気に包まれていた。
エリシアも画面を見つめ、優しく笑う。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
「それでは三日後、魔法局立ち会いのもと、実験を行います。
詳細は改めて明日の配信で。
実験の日は、この配信はお休みになります」
頭を下げる。
その声は、どこか弾んで聞こえた。
「本日もありがとうございました」
いつもの挨拶。
いつもの一礼。
「では、また」
配信が終わる。
◇ ◇ ◇
パソコンの画面が暗くなる。
静かになった部屋で、陽太は椅子にもたれた。
「……マジか」
コメントではない。
異世界の王女と、直接話せる時が来た。
そんな日が、本当に来るとは思ってもいなかった。
机の上には、大学の講義で使ったノートが開いたままになっている。
今は、その内容は頭に入ってこなかった。
「……何を話そう」
コメントでは何度も話してきた。
それなのに、直接話すとなると何も思いつかない。
そんな自分に、思わず苦笑する。
考えれば考える程、緊張と高揚が襲ってくる。
実験の日まで、あと三日。
いつもより毎日が長く感じられそうだった。




