第29話 補佐官制度の難しさ
午後十時。
いつもの時間。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:おつ王!
:おつ王~
:こんばんは
「皆様、こんばんは」
エリシアは挨拶を終えると、小さく頷いた。
「本日は補佐官制度の進捗についてご報告です」
:おっ
:続報だ
:気になる
「先日募集を行ったところ」
一度資料へ目を落とす。
「予想を大きく上回る応募をいただきました」
:おおお
:すごい
:人気じゃん
:エリシア様だからでは?
「いいえ、人気というより、
国に協力したいと思ってくださる方が多かったのでしょう」
穏やかな声だった。
:良い話だな
:国民やる気あるじゃん
「現在は書類選考を行っています」
:面接まだか
:何人ぐらい?
:倍率は?
「正確な数字は控えますが」
少し困ったように笑う。
「全員とお話しするのは難しいですね」
:そりゃそうだ
:応募多かったんだな
エリシアは続ける。
「皆様、とても興味深い経歴をお持ちでした」
:例えば?
「二十年以上物流に携わっている商人の方」
「会計を担当してきた方」
「農業改良に取り組んでいる方」
次々と例を挙げる。
:強そう
:普通に有能そう
:面白いな
「正直に申し上げると」
少しだけ笑う。
「私が知らない世界でした」
:専門家だ
:現場の人だな
:まさにプロ
太陽:良い人が集まってきたんですね
「はい」
エリシアは頷く。
「だからこそ、お話を聞いてみたいと思いました」
◇ ◇ ◇
三日後。
北部復興局。
会議室の机には、いくつかの書類が並んでいた。
最初に積み上がっていた大量の応募書類は、すでに整理されている。
残ったのは、面接候補者の分だけだった。
「三十二名ですか」
エリシアが呟く。
「よく絞り込めた方かと。
最初は百名近くおりましたからな」
局長の言葉に、エリシアは苦笑した。
「全員とお会いしたかったのですが」
「陛下のお時間が足りませんよ」
「そうですね」
否定できない事実だった。
机の上の書類をめくる。
商人。
職人。
元役人。
会計担当者。
農場経営者。
どれも立派な経歴。
「皆様、本当に国のことを考えてくださっているのですね」
小さく呟く。
局長も頷いた。
「募集を出した時は、もっと様子見が多いと思っておりました」
「私もです」
現実は良い意味で違った。
応募者たちは、身分ではなく経験を書いてきた。
何ができるか。
何を知っているか。
国のために何をしたいか。
そんな言葉が並んでいた。
エリシアは一枚の書類を手に取る。
物流商の商会長。
二十五年間、街道輸送を担当。
復興物資の輸送改善案を添付。
さらに別の一枚。
会計担当の女性。
税収管理の経験あり。
予算管理について独自の提案を書いている。
どちらも興味深かった。
「面接が楽しみですね」
エリシアが言う。
局長が少し驚いた顔をした。
「楽しみ、ですか」
「はい」
エリシアは頷く。
「優秀な方を探す、ということもそうなのですが」
一度言葉を探す。
「今まで聞こえていなかった声を聞ける気がするのです」
局長はしばらく黙っていた。
そして小さく笑った。
「なるほど」
その言葉で、どこか納得したようだった。
「それでは、お一人目から、はじめましょう」
局長が扉の方を見る。
「入っていただきましょう」
マリアが扉を開く。
彼女と入れ違いに入ってきたのは、四十代半ばほどの男性。
派手さはないが、中背で、
背筋は真っ直ぐ伸びている。
「カイル・ベルンと申します。
この場に呼んでいただけたこと、光栄にございます」
深く一礼する。
「私は、王都で物流商を営んでおります」
エリシアは、改めて手元の書類を見る。
二十五年間、輸送業一筋。
復興支援物資の輸送にも携わっていた人物だった。
「応募理由をお聞かせください」
エリシアが尋ねる。
カイルは真っすぐ、エリシアを見た。
「橋です」
「橋?」
「はい」
端的な返答。
「完成すれば北部との往来は大きく改善され、
復興はもとより、王都の発展にも寄与します」
エリシアは頷く。
「ですが」
カイルは続ける。
「今のままでは効果を活かしきれません」
部屋の空気が少し変わった。
「どういうことでしょうか」
「倉庫です」
カイルは迷いなく答えた。
「王都と北部で管理方法が違います。
……さらに在庫報告も遅い。
荷物が到着してから保管場所を決めることもあります」
局長が眉をひそめる。
「それほどですか」
「現場では有名な話です」
カイルは答える。
「橋を作るだけでは足りません」
そして言った。
「物を運ぶ仕組みも変えなければなりません」
エリシアは黙って聞いていた。
知らなかった。
橋さえ完成すれば良くなると思っていた。
だが現場では、その先の問題が見えている。
「なるほど……」
カイルの話は続いた。
倉庫管理。
積荷の記録。
街道ごとの輸送量。
専門的な知見による説得力があった。
机上の理論ではなく、
実際に二十五年間現場を歩いてきた人間の言葉だった。
◇ ◇ ◇
カイルが退出する。
部屋に静寂が戻った。
「面白い方でしたね」
エリシアが言う。
「ええ。
知識も経験も、十分にお持ちでした」
局長も頷く。
「説明も分かりやすかったですね」
エリシアは応募書類を見つめる。
こういう人材を探していた。
まさにそう思った。
だが、局長が少し言いづらそうに口を開く。
「陛下、いくつか懸念がございます」
「懸念?」
「はい」
局長は咳払いをした。
「カイル殿の商会ですが」
一瞬ためらう。
「反対派の有力貴族と長年対立しております」
沈黙。
エリシアはゆっくり瞬きをした。
「そして、カイル殿の挙げた、橋の問題点です」
「物の管理や保管、運ぶ仕組みの改善ですね」
局長は頷く。
「はい。
もしそれらに取り組むとなった時、誰に頼むことになるのか。
この事業で得をするのは一体誰なのか」
「……なるほど」
エリシアは小さく頷いた。
「橋そのものではなく、その先の、利権の話になるのですね」
能力は十分。
経験も申し分ない。
だが政治的には面倒な関係であり、
利害関係の中心にいる。
そんなことは応募書類には書かれていなかった。
能力で選ぶ。
それは正しいはずだった。
だが、それだけでは足りないのだと、この場で実感できた。
現実は、単純ではない。
言われなければ気づかないことも多い。
補佐官制度。
思っていた以上に難しい取り組みだった。
机の上には、まだ多くの応募書類が残っている。
エリシアは大きく深呼吸をしてから、
次の面接者の書類に目を落とした。
職業……羊飼い
「次は……例の、羊飼いの方ですね」
「ええ。ですがただの羊飼いではありません。
王国内最大の羊毛取引を取り仕切っている人物です」
書類選考の段階からも、気になっていた一人だった。
どんな話が聞けるだろうか。
楽しみになってきた。
「マリア。次の方、通してくれるかしら」




