第27話 選んだ責任
この日、アルヴェイン王国の議会室は静かだった。
いや、正確には静かではない。
誰も声を荒げていないだけで、
重たい空気が漂っている。
「以上が、北部復興局の現状です」
議員からの報告が終わる。
資料がめくられる音だけが響いた。
エリシアは目を通しながら頷く。
復興そのものは順調だった。
橋の建設も進んでいる。
街道の復旧も予定通り。
だが。
「問題は人員不足です」
議員が続ける。
「各部署から応援を出しておりますが、限界があります」
他の議員たちも顔を見合わせる。
エリシアは静かに資料を閉じた。
「北部復興局長の働きはどうですか」
「非常に優秀です」
歯切れの良い回答だった。
「就任後、工期の遅れは大きく改善されました」
別の者も頷く。
「現場の評判も良好です」
それは良い報告のはずだった。
議会室に沈黙が落ちる。
「些か、結果が出るのが早すぎますな」
誰かが呟いた。
年配の貴族だった。
「……と、仰いますと?」
エリシアが視線を向ける。
「皆まで言わないと、陛下にはご理解いただけないのですかな。
その人事です」
貴族は語気を強める。
「そのポストには、本来、我が派閥から候補者が出ておりました」
やはり来た。
予想していた話だ。
「ええ、承知しております」
「それにも関わらず、陛下は別の人物を選ばれた」
「はい」
短く答える。
「実績を評価しました」
「伝統よりも、ですかな」
議会室が静まる。
視線が集まる。
だがエリシアは目を逸らさなかった。
「伝統も大切です」
静かな声。
「ですが、復興は待ってくれません」
言葉を続ける。
「今必要なのは結果です」
何人かが頷いた。
反対派の貴族は不満そうに腕を組む。
「……まぁ、今回だけなら良いでしょう」
その声には棘があった。
「ですが、このような前例を作られますとなぁ」
「何か?」
エリシアが首を傾げる。
「優秀であれば誰でも良い、と。
陛下は、歴史ある王国で、まさかそのようなことを仰るのですか」
「極端な言い方をすれば、私はそう考えています」
「それは困りますな」
別の貴族も同調する。
議会室がざわつき始める。
「先王がご健在であれば、今の現状を何と言うでしょうな」
「今は私が王です」
エリシアは努めて冷静に言い放った。
「我々は国民のおかげで生活ができております。
すなわち、国が富めば、我々の利益になります」
ざわつきを意に介さず、エリシアは続ける。
「そうであれば、そこに長けた人物を選ぶことは、
誰にとっても良いことではないでしょうか」
一部の貴族達が静かになる。
「更に、皆様に一つ提案があります」
ざわめきが止まった。
「補佐官制度を設けたいのです」
議員たちが顔を見合わせた。
「補佐官、ですか」
「はい」
エリシアは頷く。
「官職そのものではありません」
机の上の資料を開く。
「復興、物流、会計、農業。
各分野で経験のある者を補佐官として採用します」
議会室が、再度ざわつきはじめた。
「貴族以外も含めて、です」
その一言で空気が変わった。
「陛下、まさか、平民を登用すると?」
「権限は与えません」
別の貴族の声に、エリシアは先回りをして答える。
「最終決定は従来通りです」
「そのようなことを続ければ、いずれ秩序が崩れますぞ!」
異を唱える声に負けじと続ける。
「ですが、知恵は借りられます」
静かな声だった。
「商人は物流を知っています。
職人は現場を知っています。
農民は土地を知っています」
議員たちは黙って聞いていた。
「国を良くする知恵は」
少し間を置く。
「貴族だけのものではないと思うのです」
沈黙。
長い沈黙だった。
反対する者もいる。
考え込む者もいる。
だが、完全に否定する者はいなかった。
復興局長の成功がある。
能力を重視した結果が出てしまっている。
だからこそ言葉に重みがあった。
「試験的に行います」
エリシアは締めくくる。
「まずは北部復興局から」
議会はそのまま続いた。
賛成。
反対。
条件付き賛成。
様々な意見が飛び交う。
少なくとも、議論は前へ進んでいた。
夕方。
ようやく会議が終わる。
議会場からバラバラと議員が退出していく中、
魔法局の局長が、エリシアのいる議長席に寄ってきた。
「エリシア様、ご報告です」
「お疲れ様でした。何でしょうか」
「例のプロジェクトです。
遠くないうちに第一段階が実施できるかと」
「……それは朗報ですね、ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
執務室へ戻ったエリシアは椅子にもたれた。
「お疲れ様でした」
マリアがお茶を置く。
「ありがとう」
湯気が立ち上る。
しばらく二人とも無言だった。
やがてマリアが口を開く。
「本日はご立派でした」
「そうかしら」
「ええ」
迷いのない返事だった。
エリシアは小さく笑う。
「反対も多かったわ」
「ですが、皆様、最後まで聞いておられました」
確かにそうだ。
以前なら、何も知らない若い王の理想論だと、
バッサリと切り捨てられていたかもしれない。
今は違う。
少しずつ、本当に少しずつだが
自分の言葉を聞いてもらえるようになっている。
窓の外を見る。
夕焼けが王都を染めていた。
ふと一つの言葉を思い出す。
数日前の配信。
流れていったコメント。
『選んだ方を正解にすることができますね』
太陽の言葉だった。
「どちらが正解か、ではなく」
小さく呟く。
マリアが首を傾げる。
「何か仰いましたか?」
「ううん」
エリシアは首を振った。
そして再び窓の外を見る。
橋も。
復興も。
人材登用も。
全部、自分が決めたことだ。
だから責任を持つ。
これで得られるものもあれば、失うものもある。
それも覚悟の上。
だって、王なのだから。
夕陽に染まる王都を見つめながら、
エリシアは静かにそう決意した。




