第19話 名前の由来
休日。
昼前に自然と目が覚めた。
大学もない。 アルバイトも夕方から。
珍しく予定の少ない日だ。
昼過ぎまでだらだらと過ごしながら、陽太は、ふと思う。
毎晩顔を合わせている人達がいる。
もちろん本当の顔は知らない。
名前も知らない。知っているのは画面に表示される文字だけ。
それでも、最近では見慣れた名前を見つけると少し安心する。
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:こんばんはー
:おつ王!
:ガチ王きた
「こんばんは」
エリシアは一礼する。
「おつ王とガチ王は禁止です」
ぴしゃりと宣言した。
:まだ言ってるw
:定着したぞ
:諦めろ
「諦めません」
真顔だった。
コメント欄が笑う。
「本日は、少し気になっていたことがあります」
:相談かな?
:雑談会リターンズ?
:なんだろ
エリシアはノートを開く。
「皆様のお名前についてです」
:名前?
:ここの?
:俺たちの?
「はい」
エリシアは頷いた。
「確か、皆様のお名前は、本名ではありませんでしたよね?」
:違うよ
:ネットネーム
:ハンドルネームってやつ
「はんどるねーむ」
丁寧にメモする。
「では、なぜそのお名前にされたのでしょうか」
コメント欄が盛り上がる。
山猫:猫好き+苗字のモジり
ねーみん:私は眠いから
炊飯器二号:今の炊飯器が二台目だから
「炊飯器二号様、
一号様はどちらへ?」
炊飯器二号:壊れた
:悲しい過去
:草
「そうなのですね……」
本気で同情していた。
その後も、様々な由来が飛び交い、
エリシアは目を細めてコメントを追っていた。
「皆様のお名前には、それぞれの物語や思いがあるのですね」
しばらく由来の話が続いた後。
:エリシア様は?
:聞きたい
:名前の意味あるの?
コメントが流れる。
エリシアは少し考えた。
「私は本名です」
:という設定ね
:知ってる
:そりゃそう
コメント欄が笑う。
エリシアの表情が少し柔らかくなる。
「父が付けてくださった名前です」
コメント欄が静かになる。
「優しい人になってほしい、と」
エリシアは小さく微笑んだ。
「そのような意味があるそうです」
:もう優しい人になれてるよ
:お父様、エリシアは優しい子に育ちました
:十分優しい
:ガチ王だけど
「ガチ王はやめてください」
即答だった。
:太陽さんは?
:確かに
:聞きたい
コメント欄の流れが変わる。
常連からの矢印に、陽太は少し眉をひそめた。
「そういえば」
エリシアも頷く。
「太陽様は、なぜ太陽様なのでしょうか」
答えないわけにはいかない。
陽太は少し考える。
本当に大した理由はない。
昔から使っているだけだ。
太陽:名前をモジって使っているだけですよ
:絶対嘘だろ
:これなんかあるやつだ
太陽:いやいや、本当にないです
エリシアは少し考え込んでいた。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「私は素敵なお名前だと思います」
陽太は固まった。
「太陽は暖かいですし、明るく周囲を照らします。
道を示していただけます」
コメント欄がざわつく。
:褒めすぎだろ
:本人照れてそう
:ガチ王によるガチ解釈タイム
太陽:ありがとうございます。でもそんな立派なものではないですよ
「そうでしょうか」
エリシアは首を傾げる。
「私は好きですよ」
コメント欄が爆発した。
:ヒュー
:おいー
:言った
:言い方ァ!
:太陽さん爆発しろ
エリシアは、流れるコメントの勢いに、
一瞬きょとんとした。
「あ……」
からかうような空気から、自分が何を言ったのか察し、
みるみるうちに、顔が、耳が、真っ赤に染まっていく。
「そ、そうではなくてっ!
私は、名前の響きが素敵だと……!」
慌ててノートで顔の下半分を隠す彼女の姿に、
コメント欄はさらに加速した。
:エリさまかわいすぎる
:もう1回!
:顔真っ赤w
陽太も思わず顔を覆った。
「勘弁してくれ……」
誰にも聞こえない声で呟く。
その後も配信は続いた。
名前の話。
昔のあだ名の話。
恥ずかしい黒歴史の話。
コメント欄はいつも以上に賑やかだった。
終了時間。
「本日もありがとうございました」
エリシアは一礼する。
「皆様のお名前を聞いていると、不思議な気持ちになります」
少し考える。
「お顔も知らないのに、少しだけ皆様のことを知れた気がします」
:分かる
:それはある
「ですので」
エリシアは微笑んだ。
「また教えてください。
それでは――」
:おつ王!
:おつ王!
:おつ王!
「だからそれは」
言いかけて。
諦めたように小さく息を吐く。
「……お、おつ王。
……おやすみなさい」
画面が暗転した。
静かになった部屋。
陽太は椅子にもたれた。
太陽。
昔から使っている名前。
あだ名にもなった。
自分では深く考えたこともなかった。
けれど。
誰かに意味を見出してもらうのは、少しだけ嬉しいものなのかもしれない。
エリシアの言葉が耳に残る。
『私は好きですよ』
「そういう意味じゃないのは分かってるんだけどさ……」
誰に言うでもなく呟く。
少しだけ照れながら、パソコンの電源を落とし、
布団に潜り込んだ。




