第18話 悩み事はなんでしょう
この日、大学の大講堂では就職活動に向けたガイダンスが開かれていた。
「これから、インターンシップや合同説明会が佳境に入ります。
キャリアセンターも有効活用してください」
大学職員の声に合わせ、スクリーンには見知った企業名が並ぶ。
周囲では、陽太の友人たちが話をしていた。
「もうエントリーした?」
「とりあえず五社かな」
「公務員も考えてるんだよね」
「インターンはどこか行っとこうかな」
陽太はパンフレットを眺める。
就職。
社会人。
言葉だけが頭の中を回る。
(……俺、何がしたいんだろう)
真面目に勉強はしてきたつもりだ。
成績も悪くない。
ただ、何になりたいのかと聞かれると、答えられない。
誰より早く動いている学生もいる。
まだ何も決められていない自分が、少しだけ情けなく思えた。
◇ ◇ ◇
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:こんばんはー!
:おつ王
:おつ王~
「皆様、こんばんは」
いつもの挨拶。
雑談がしばらく続いたあと。
エリシアがふと首を傾げた。
「そういえば」
一度コメント欄を見る。
「皆様は、悩み事があったりするのでしょうか」
:そりゃたくさん
:毎日ある
:仕事
:恋愛
:お金
コメントが一気に流れる。
陽太は少し迷っていた。
こんなことを書いてもいいのだろうか。
けど、先日のエリシアの声を思い出した。
『太陽様、またお話を聞かせてくださいね』
気が付けばキーボードを打っていた。
太陽:将来、何をしたいのか分からなくなることがあります。
送った途端、少しだけ後悔した。
重い話だったかもしれない。
だが。
エリシアはそのコメントを見つけた。
「将来、ですか」
静かに繰り返す。
「難しいですね」
少し考え込む。
「私は……」
一拍置く。
「王になることを、自分で選んだわけではありません」
コメント欄が静かになる。
「父が亡くなり、気が付けばこの道しか残されていませんでした」
:そうだった
:重い
「皆様とは事情が違うのかもしれませんが」
少しだけ笑い、エリシアは続けた。
「私は毎日、『今日だけは頑張ろう』と思って過ごしてきました」
穏やかな声だった。
「明日になれば、もう一日だけ頑張ろう、と」
コメント欄がゆっくり流れる。
「そうして過ごしてきた結果」
窓の外を見る。
「気が付けば、今の私になっていました」
少し照れくさそうに笑う。
「将来を考えることも大切だと思います」
一呼吸入れて。
「ですが、今日という一日を大切にすることも、
同じくらい大事なのかもしれませんね」
:分かる気がする
:就職してからやりたいこと見つかったよ
:俺なんて三回転職した
:最初から正解なんて分からないしね
:太陽さん、興味あることをやればいいさ
:大丈夫大丈夫
:俺も一緒だわ
画面が、一気に優しい言葉で埋まっていく。
陽太は驚いた。
誰も笑わなかった。
知らない誰かが、
自分のために言葉をくれている。
エリシアも、その光景を見つめていた。
「皆様は」
柔らかく微笑む。
「本当に優しい方ばかりですね」
そして。
「太陽様」
さらに表情が柔らかくなる。
「きっと、急いで答えを出さなくても、大丈夫です。
皆様も仰っています」
モニター越しに。
目線が合うはずがない。
なのに。
陽太は、エリシアと見つめ合っているような錯覚を覚えた。
「一歩ずつ進めば、その積み重ねが未来になるのだと。
私は、信じています」
陽太は、大きく息を吐いた。
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなる。
太陽:ありがとうございます
短く打ち込む。
すぐにコメントが返ってきた。
:頑張れー!
:応援してるぞ
:エリさまかっこいい
:就活ファイト!
:太陽さんなら大丈夫!
思わず笑ってしまう。
いつの間にか、この配信は、
自分が応援する場所だけではなくなっていた。
配信が終わる。
パソコンを閉じた陽太は、机の上に置かれた就活ガイドを手に取る。
将来のことは、正直まだ分からない。
「今日できることから、か」
小さく呟く。
彼女は、選ばざるを得なかった未来を、現実を、一歩ずつ歩いてきた。
だったら、自分も。
まずは、興味のある企業を調べてみよう。
それくらいなら、今日からできる。
ページをめくる指は、
配信を見る前より幾分軽かった。




