第17話 王様にも子供の頃はあった
昨夜の深夜配信は、まるで夢のような時間だった。
午前二時過ぎの、たった十五分。
視聴者もほとんどいなかった。
(エリシア様、ちゃんと寝れたのかな……)
陽太は今日も動画サイトを開く。
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:こんばんはー
:おつ王!
:キタ!
:昨日は結局無し?
コメント欄が流れる。
エリシアは少し困ったように笑った。
「皆様、こんばんは」
そして。
「昨日はご心配をお掛けしました。
立て込んでおりました」
深々と頭を下げる。
:無事ならよかった
:いやいや、謝ることじゃないし
:大丈夫だった?
「はい」
エリシアは頷く。
「本当の嵐が来まして。
おかげさまで、少しだけ落ち着きました」
コメント欄も安堵したようだった。
エリシアがノートを開き、顎に指を当てる。
「本日は、何をお話いたしましょうか」
:根詰めない方が良いんじゃない?
:気分転換しようぜ
:雑談回!
:質問回?
エリシアがゆっくりと微笑む。
「ありがとうございます。
では皆様の日常を知るために、お聞きしてみたいことが」
:お?
:なんでもこい
「皆様は、子供の頃は何をして遊んでいたのですか?」
コメント欄が一瞬止まる。
:急だな
:ゲーム
:鬼ごっこ
:近所の探検とか
次々と流れ始めた。
エリシアは目を輝かせる。
「鬼ごっこ?」
:まあ定番
:鬼にタッチされたら交代
:全国共通
エリシアは首を傾げた。
「皆様の周囲にも、鬼と呼ばれる魔物がいるのですね」
コメント欄が止まった。
:ん?
:魔物?
:どゆこと?
:待て待て待て
「鬼と呼ばれる魔物から逃げる遊びなのでしょう?」
:え?
:いるの?
:解釈が強い
エリシアは真面目に頷く。
「危険ではないのですか?」
:危険じゃない
:人間だよ
:鬼役も人間
「なるほど、理解できました。
実際に鬼に襲われた時の訓練を、幼少期からされているのですね」
メモを取る。
:いやいやw
:鬼はいないよ
:空想上の存在
:ごっこ遊び。概念?
エリシアが少しだけ驚いた表情を見せ、コメントを追う。
「鬼は……いないのですね。
皆様が、日常的に魔物に追い回されているのかと思いました」
エリシアは少し安心したようだった。
「良かったです」
:異世界目線だとそうなるのか
:異世界ギャップ
:心配してくれてた
:エリさまの世界にはいるの?
「はい、人里付近で見かけることはありませんが、
山間部に行けば、魔物の集落があったりします」
:こわ
:マジか
:鬼は異世界から来た説?
「ですので、私たちは、魔物への備えも重要になります。
それを、遊びの形で学べるのは面白いですね」
エリシアは真面目な表情でノートにメモをした。
その後も、コメント欄が和やかに流れる。
太陽:あとは、虫取りとかですね
「虫を捕まえるのですか?」
エリシアが陽太のコメントを見つけ、反応した。
:セミ
:バッタ
コメントが流れる。
エリシアはしばらく考え込んだ。
「皆様は勇敢なのですね」
:そこ?
:虫苦手勢発見
コメント欄が盛り上がる。
エリシアは少し視線を逸らした。
「……私は苦手です」
:知ってた
:マリアさん案件
:マリアさん、虫が出ましたわよ
コメント欄が笑いに包まれる。
「そんな言い方はしません!」
少し不満そうだったが、
その表情は年相応のものだった。
「それに、マリアも虫は苦手です」
きっぱりと。
:草
:オワタw
:詰んでんじゃんwww
コメント欄が加速していく。
:エリさまはどんなことして遊んでた?
:王様の子供時代!
:聞きたい!
エリシアは少し考える。
「そうですね……」
視線が遠くなる。
「木登りでしょうか」
:え?
:意外
「城の中庭に、大きな木がありまして」
少しだけ恥ずかしそうに続ける。
「登って降りられなくなりました」
コメント欄が爆発した。
:マリアさん助けてあげてー
:王様www
:かわいい
:ガチ王にもそんな時代が
エリシアは耳を赤くする。
「当時は王ではありません」
:そこじゃないw
さらに笑いが広がる。
「あと、池に落ちたこともあります」
:意外と……?
:墓穴を掘っていくスタイル
:おてんば姫だった
エリシアは小さく咳払いする。
「……この話は終わりです」
:逃げたw
:王様かわいい
コメント欄が流れる。
陽太も思わず笑った。
いつもは国政の話をしている人だ。
橋。
税。
治水。
そんな話ばかり聞いている。
だからこそ、木に登って怒られたり、池に落ちたり。
そんな話が妙に新鮮だった。
「皆様も、色々な子供時代を過ごされたのですね」
エリシアが呟く。
「少し羨ましいです」
:王族だと違うの?
:遊べなかった?
コメントが流れる。
エリシアは首を横に振った。
「いいえ」
そして少し笑う。
「楽しかったですよ。
ただ、皆様のお話は私の知らないことばかりですので」
その声は柔らかかった。
「聞いていて楽しくもあり、
羨ましくもあるのです」
コメント欄も穏やかになる。
誰かの昔話。
子供の頃の失敗談。
秘密基地の話。
配信はそのまま雑談会になっていった。
気付けば終了の時間。
「本日もありがとうございました」
エリシアは一礼する。
「皆様のお話、とても面白かったです。
気持ちもスッキリして、疲れも取れました」
:またやろう
:良かった!
:雑談回好き
「はい」
少し笑う。
「それでは、失礼いたします」
画面が暗転した。
静かになった部屋で、陽太は椅子にもたれる。
こういう普通の夜も悪くない。
王様も、ただの一人の女の子で、子供の頃があった。
当たり前のことなのに、少しだけ不思議だった。
木に登って降りられなくなった小さな王女の姿を想像して、見てみたかったなと思った。




