第16話 深夜の十五分
深夜。
レポートの締切は明日だった。
陽太は机に向かいながら、何度目か分からない欠伸を噛み殺す。
時計は午前二時二十分を回っていた。
画面には途中まで書かれた、散らかったままの文章とグラフ。
そして、開きっぱなしの動画サイト。
今夜は配信がなかった。
初めてのことだった。
毎晩当たり前のように始まっていたからこそ、調子が狂う。
「まあ、仕方ないよな……」
小さく呟く。
王様だ。
忙しい日だってある。
それに、自分だって毎日見られるわけではない。
いや、もしかすると、エリシアの身に何かあって、
配信ができなくなったのでは……
そうしたことを考えながら、何となくページを更新した。
陽太は固まった。
【配信中】
「……え?」
思わず声が出た。
慌ててクリックする。
画面が切り替わる。
見慣れた石造りの部屋。
見慣れた青い瞳。
だが、どこか様子が違う。
机の上には大量の資料。
髪も乱れ、顔には疲労が色濃く滲みでている。
視聴者数は――
1。
陽太だけだった。
エリシアも気付いたらしい。
画面の向こうで目を瞬かせる。
「……あ」
小さく声を漏らした。
陽太は、急いでキーボードを叩いた。
太陽:こんばんは
「太陽様……いらっしゃったのですね」
その言葉に、陽太は少しだけ笑う。
太陽:今日はお休みだと思っていました
エリシアは小さく頷く。
「そうなのです。私もそう思っておりました」
疲れたような笑顔だった。
「本日は、少々立て込んでおりまして。
ただ、もしかしたら、誰かいらっしゃるかなと思って
遅い時間ですが、繋いでみました」
詳しい事情は語らない。
けれど、なんとなく察した。
相当大変だったのだろう。それでも……
太陽:エリシア様、お疲れ様です
それだけ。
特別な言葉ではない。
エリシアは少しだけ目を丸くした。
そして。
「ありがとうございます」
静かに頭を下げた。
その姿が、なぜだか印象に残った。
普段は王として振る舞っている。
弱音もあまり吐かない。
だからこそ、その一言が妙に人間らしく見えた。
短い沈黙。
配信の画面越しに、雨音が聞こえる。
「まだ起きていらしたのですね」
太陽:はい、レポートが終わらなくて……
エリシアが少し笑う。
「私と同じですね」
思わず吹き出した。
王様と大学生。
本来なら交わるはずもない二人だ。
それなのに。
深夜の疲れた者同士というだけで、妙な親近感があった。
「太陽様も、このような時間まで頑張っていらっしゃるのですね」
太陽:本当は寝たいですけどね
「ふふ」
エリシアが笑う。
本当に小さな笑い声だった。
いつもよりも柔らかい。
少し考えたそぶりを見せた後――
「太陽様は、どんなお姿、お声をされているのでしょうか」
つぶやきのような、突然の質問に
陽太はドキリとした。
太陽:どこにでもいる、普通の大学生ですよ
「大学生、ということは……」
ノートをめくり、過去のメモを探す。
「なるほど、同じぐらいの年齢なのですね」
笑顔がより明るくなる。
「皆様のお姿を見ることができればいいのに……」
その言葉に、陽太は少しだけ息を止めた。
太陽:全く同感です。
そうしているうちに、視聴者数が増えた。
2。
3。
5。
:あれ?
:配信してる!?
:王様いる!
コメントが流れ始める。
どうやら通知を見た人達が集まり始めたらしい。
エリシアは画面を見て、少しだけ安心したように微笑んだ。
「みなさま、ご心配をお掛けしました」
深々と頭を下げる。
:生きてた
:良かった
:今日は休みかと思った
エリシアは続けた。
「本日は、どうしても間に合いませんでした」
正直な言葉。
コメント欄は責めない。
:気にしないで
:休んで
:さっさと寝てください
エリシアが困ったように笑う。
「はい」
素直な返事にコメント欄が和む。
陽太は時計を見た。
十分以上経っていた。
エリシアが姿勢を正す。
「配信の維持も難しそうなので、
本日はこれで失礼しますね」
:おつー
:おつかれ
:ゆっくり休んで
「明日は、いつも通り参ります。
太陽様、またお話を聞かせてくださいね」
:明日も待ってます!
:太陽さんうらやま
太陽:おやすみなさい。ゆっくり休んでください
最後に送る。
エリシアが頷いた。
「ありがとうございます。
皆様も、お疲れ様でした」
一度区切る。
耳が少し赤い気がした。
「……おつ王、です」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
:出たw
:覚えてるじゃねーか
:おつ王!
コメント欄が流れる。
エリシアは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それでは、おやすみなさい」
画面が暗転する。
配信終了。
時間にして十五分もなかった。
陽太はしばらく画面を見つめていた。
「……頑張ってたんだな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
王様だから。
立派だから。
そんなふうに思っていた。
けれど、疲れる日もある。
間に合わない日もある。
当たり前のことなのに、忘れかけていた。
自分とは比べ物にならない立場で、困難に向き合っていた。
それでも、周りのことを気に掛けている。
パソコンの時計は午前二時四十五分。
「……負けてられないな」
陽太は、缶コーヒーの残りをぐいっと飲み干すと、
レポートに取り掛かった。




