第14話 おつ王
夕方、講義を終えた陽太は、
帰宅途中の電車で動画サイトを開いていた。
【エリシア・アルヴェイン】
登録者数……298人。
惜しいな、と思わず笑う。
二週間前は百人を超えたと喜んでいたのに、それが今では三百人目前だ。
もちろん大配信者には程遠い。
それでも、初日から見ている身としては十分すぎる成長だった。
午後十時。
【エリシア・アルヴェイン 配信開始】
:300人おめ!
:まだだぞ
:フライングw
:299だ
コメント欄が盛り上がる。
エリシアは首を傾げた。
「何のお話でしょうか」
:登録者数!
:見てこい!
「に、299……」
:惜しい!
:あと一人!
コメント欄が妙な一体感に包まれる。
そして。
:登録してきた
:300!
:行った!
:おめでとう!
コメント欄が一気に流れた。
エリシアは目を丸くする。
「さ、300……。
ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
:記念枠だ!
:なんかやれ!
:歌って
:踊って!
「歌いませんし、踊りません」
即答だった。
:早い
:草
:学習したな
「苦手ですので……」
真顔で続ける。
:腹筋しろ
:腕立て
:筋トレ配信
「なぜでしょう」
エリシアが困惑する。
コメント欄が笑いに包まれた。
:記念の挨拶作ろうぜ
:おっ
:いいなそれ
:配信者っぽい
エリシアが首を傾げる。
「挨拶、ですか?」
:最初とか最後に言うやつ
:こんばんはの代わり
:アイドルみたいな
エリシアは難しい顔をした。
「必要なのでしょうか」
:なくてもいい
:楽しい
:お祭りだし
コメント欄は完全に遊び始めていた。
:エリこん
:こんばんシア
:王ばんは
:ガチ王~
そのコメントに反応が集まる。
:あだ名w
:ガチ王w
:真面目すぎる王様
エリシアは読んだ。
「がちおう?」
:ガチの王様
:真面目王
エリシアは少し考える。
「否定はできませんね」
:認めたw
:おつ王は?
:配信終わりの挨拶?
:おつかれ王様
:略しておつ王
コメント欄が盛り上がる。
エリシアは小さく笑った。
「皆様は面白いことを考えるのですね」
陽太もキーボードを叩いた。
太陽:おつ王、覚えやすいですね
「太陽様も賛成なのですね」
エリシアが少し困った顔のまま笑った。
陽太は軽く固まった。
普通に名前を呼ばれるが、まだ慣れない。
:太陽さん認知勢
:古参だ
:いいなあ
コメント欄が茶化す。
陽太は無視した。
「では」
エリシアが、わざとらしく、こほんと咳払いする。
少し恥ずかしそうだった。
「試してみましょうか」
:おおお
:来るぞ
エリシアは姿勢を正した。
そして。
「皆様、本日もありがとうございました」
一度区切る。
「……お、おつ王、……です」
沈黙。
:かわいい
:おつおー
:おつ王!
:おつ王!
:おつ王!!
コメント欄がマシンガンの如く加速した。
エリシアは両手で顔を押さえる。
白銀の髪から覗く耳が真っ赤に映えていた。
「……やはり恥ずかしいです」
:草
:定着した
:逃がさん
:次回もやれ
「しません!」
即答。
コメント欄がさらに笑う。
その後もしばらく。
ガチ王。
おつ王。
と単語が飛び交い続けた。
配信終了後。
陽太は椅子にもたれる。
今日はずっと笑っていた気がする。
政治や税等の話も好きだ。
だけど、たまにはこういう日も悪くない。
画面の向こうでは、国を背負った王様が、等身大の姿で真面目な顔で悩んでいる。
「おつ王、か」
思わず吹き出した。
明日になれば本人は忘れたふりをするだろう。
ただ、視聴者は絶対に忘れない。
その確信だけはあった。




