第12話 少しだけ騒がしい夜
いつもの時間。
陽太はコーヒーを淹れながら動画サイトを開く。
登録者数は百五十人を超えていた。
「おお、順調だな」
最近は配信開始前から待機する視聴者も増えている。
見覚えのある名前も、ちらほらと。
もちろん本名も顔も知らない。
それでも、何となく知っている気がしてくるのが、
不思議な感覚だ。
午後十時。
いつものように配信が始まる。
:こんばんわ
:はじまった
:エリさまー
:今日も来たぞ
変わらない空気、
変わらない時間。
エリシアが一礼する。
「皆様、こんばんは」
穏やかな声だった。
「本日もよろしくお願いいたします」
:よろー
:こちらこそ
:今日も勉強会だ
だが。
:なあ、いつまでその設定でやんの?
陽太は眉をひそめた。
初めて見る名前。
:異世界とか流石に飽きたわ
:どこの企業の企画か、さっさと言えよ
数秒。
コメント欄の流れが乱れる。
:お?
:なんだなんだ
:初見さんかな
エリシアは気付いていない。
いつも通り話を続ける。
「本日は治水について――」
:ねえねえ、王様ごっこ楽しい?
陽太は少しだけ嫌な気分になる。
別に自分が言われたわけじゃない。
エリシアが傷付いたようにも見えない。
それでも、毎晩見ている場所に泥を投げ込まれたような気分だった。
コメント欄もぎこちなくなる。
:まあまあ
:落ち着こうぜ
:配信見よう
普段なら笑い話になるような流れ。
けれど、今日は空気が硬く感じる。
エリシアは相変わらない。
見えていないのか。
あるいは見えていて気にしていないのか。
「河川の氾濫について資料を読んでいたのですが――」
:異世界ごっこマジでウザイ
陽太はキーボードに手を置く。
太陽:気にしなくて大丈夫です
しばらくして。
「……どうして、そのようなことを仰るのですか?」
エリシアの言葉にコメント欄が止まった。
どうやら気付いたらしい。
「私は未熟ですので。
ご不快にさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
その反応は予想外だった。
:違う違う
:謝るな
:荒らしに反応しなくていい
:エリさま悪くない
:そういうことじゃない
コメント欄が一気に流れる。
エリシアは困ったように瞬きをした。
「では……」
少し考える。
「何か理由がおありなのでしょうか」
静かな声だった。
怒りもない。
責める様子もない。
本当にそう考えたような口調だった。
「私も皆様に教えていただく立場ですので」
小さく笑う。
「もし改善できることがあるのでしたら、
お聞きしたいと思います」
コメント欄が沈黙した。
:聖人かよ
:いや王様だった
:強い。強すぎる
:なんも言えねぇ
:くだらねー
荒らしのコメントは、それ以降流れなかった。
配信は続く。
治水の話。
農地の話。
川沿いの街の話。
いつもと同じように。
本当に何事もなかったかのように。
終わり間際。
「あの、冒頭のお話なのですが」
エリシアが切り出した。
:ん?
:荒らしのこと?
「はい」
エリシアは首を傾げながら話す。
「『荒らし』とは、場を荒らす人、ということですよね」
:ネット用語だからな
:その通り
エリシアは頷いた。
「でしたら、嵐のようなものだと理解できました」
エリシアは続ける。
「嵐の日は窓を閉め、過ぎ去るのを待つしかありません。
嵐そのものに怒っていても、天気は変わりませんから」
:あー
:それはそう
:言われてみれば
:うまい
「ですので」
少しだけ微笑む。
「皆様も、あまり気にしないでください」
エリシアは小さく頭を下げる。
静かな声だった。
「皆様同士が仲違いする方が悲しいです」
コメント欄が止まる。
数秒後。
:おっけー
:王命でた
:お前らも守れよー
空気が少し柔らかくなる。
配信終了後、陽太は椅子にもたれた。
「なんだったんだ……」
少し疲れた。
配信を見ていただけなのに。
荒らしなんて、どこにでもいる。
ネットでは珍しくもない。
それなのに、今日は腹が立ったし、不快だった。
それはきっと、この配信が、
ただの暇潰しではなくなっていたからだ。
陽太は画面の消えたモニターを見る。
「人が増えることの難しさだよな」
荒らしはまた来るかもしれない。
人が増えれば避けられないだろう。
けれど――
「案外、大丈夫かもな」
誰に言うでもなく呟く。
エリシアは強い。
この場所を好きな人間は、自分だけじゃない。
この場所を守りたい人間は、自分だけじゃない。
それが嬉しかった。




