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12/23

第12話 少しだけ騒がしい夜

 いつもの時間。


 陽太はコーヒーを淹れながら動画サイトを開く。


 登録者数は百五十人を超えていた。


「おお、順調だな」


 最近は配信開始前から待機する視聴者も増えている。

 見覚えのある名前も、ちらほらと。


 もちろん本名も顔も知らない。


 それでも、何となく知っている気がしてくるのが、

 不思議な感覚だ。


 午後十時。


 いつものように配信が始まる。


:こんばんわ

:はじまった

:エリさまー

:今日も来たぞ


 変わらない空気、

 変わらない時間。


 エリシアが一礼する。


「皆様、こんばんは」


 穏やかな声だった。


「本日もよろしくお願いいたします」


:よろー

:こちらこそ

:今日も勉強会だ


 だが。


:なあ、いつまでその設定でやんの?


 陽太は眉をひそめた。

 初めて見る名前。


:異世界とか流石に飽きたわ

:どこの企業の企画か、さっさと言えよ


 数秒。


 コメント欄の流れが乱れる。


:お?

:なんだなんだ

:初見さんかな


 エリシアは気付いていない。


 いつも通り話を続ける。


「本日は治水について――」


:ねえねえ、王様ごっこ楽しい?


 陽太は少しだけ嫌な気分になる。

 別に自分が言われたわけじゃない。


 エリシアが傷付いたようにも見えない。


 それでも、毎晩見ている場所に泥を投げ込まれたような気分だった。


 コメント欄もぎこちなくなる。


:まあまあ

:落ち着こうぜ

:配信見よう


 普段なら笑い話になるような流れ。

 けれど、今日は空気が硬く感じる。


 エリシアは相変わらない。


 見えていないのか。

 あるいは見えていて気にしていないのか。


「河川の氾濫について資料を読んでいたのですが――」


:異世界ごっこマジでウザイ


 陽太はキーボードに手を置く。


太陽:気にしなくて大丈夫です



 しばらくして。



「……どうして、そのようなことを仰るのですか?」


 エリシアの言葉にコメント欄が止まった。

 どうやら気付いたらしい。


「私は未熟ですので。

 ご不快にさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」


 深々と頭を下げる。

 その反応は予想外だった。


:違う違う

:謝るな

:荒らしに反応しなくていい

:エリさま悪くない

:そういうことじゃない


 コメント欄が一気に流れる。

 エリシアは困ったように瞬きをした。


「では……」


 少し考える。


「何か理由がおありなのでしょうか」


 静かな声だった。


 怒りもない。

 責める様子もない。

 本当にそう考えたような口調だった。


「私も皆様に教えていただく立場ですので」


 小さく笑う。


「もし改善できることがあるのでしたら、

 お聞きしたいと思います」


 コメント欄が沈黙した。


:聖人かよ

:いや王様だった

:強い。強すぎる

:なんも言えねぇ


:くだらねー


 荒らしのコメントは、それ以降流れなかった。


 配信は続く。


 治水の話。

 農地の話。

 川沿いの街の話。


 いつもと同じように。

 本当に何事もなかったかのように。


 終わり間際。


「あの、冒頭のお話なのですが」


 エリシアが切り出した。


:ん?

:荒らしのこと?


「はい」


 エリシアは首を傾げながら話す。


「『荒らし』とは、場を荒らす人、ということですよね」


:ネット用語だからな

:その通り


 エリシアは頷いた。


「でしたら、嵐のようなものだと理解できました」


 エリシアは続ける。


「嵐の日は窓を閉め、過ぎ去るのを待つしかありません。

 嵐そのものに怒っていても、天気は変わりませんから」


:あー

:それはそう

:言われてみれば

:うまい


「ですので」

 少しだけ微笑む。


「皆様も、あまり気にしないでください」


 エリシアは小さく頭を下げる。

 静かな声だった。


「皆様同士が仲違いする方が悲しいです」


 コメント欄が止まる。

 数秒後。


:おっけー

:王命でた

:お前らも守れよー


 空気が少し柔らかくなる。



 配信終了後、陽太は椅子にもたれた。


「なんだったんだ……」


 少し疲れた。

 配信を見ていただけなのに。


 荒らしなんて、どこにでもいる。

 ネットでは珍しくもない。


 それなのに、今日は腹が立ったし、不快だった。


 それはきっと、この配信が、

 ただの暇潰しではなくなっていたからだ。


 陽太は画面の消えたモニターを見る。


「人が増えることの難しさだよな」


 荒らしはまた来るかもしれない。

 人が増えれば避けられないだろう。


 けれど――


「案外、大丈夫かもな」


 誰に言うでもなく呟く。


 エリシアは強い。


 この場所を好きな人間は、自分だけじゃない。

 この場所を守りたい人間は、自分だけじゃない。


 それが嬉しかった。

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