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第11話 自分がいなくても

 水曜日。


 まだ週の半ばだと思うと、少しだけ気が重い。


 午前中の講義を終え、昼休みにはグループ課題の打ち合わせ。


 午後も講義が続き、夕方からはアルバイト。

 気付けば外はすっかり暗くなっていた。


「疲れたー……」


 帰宅したのは午後九時四十分。


 さっとシャワーを浴びて、

 夕食代わりのコンビニおにぎりを食べる。


 机に向かった頃には九時五十五分だった。


 レポートの締切は明後日。

 まだ終わっていない。


「まずいな……」


 パソコンを開く。

 レポートのファイル。


 それでも、抑えきれずに動画サイトも開いてしまった。


 午後十時。


【エリシア・アルヴェイン 配信開始】


 コメント欄が流れ始める。


:ばわわ

:エリさま、ご機嫌麗しゅう

:きたー

:待ってました


 陽太もキーボードに手を置く。

 けれど、締切日を考えて手を止めた。


「今日は無理だな……」

 レポートを終わらせなければならない。


 配信は流す。

 でもコメントする余裕はない。

 そう決めた。


 画面の片隅でエリシアが一礼する。


「皆様、こんばんは」


 いつもの声。

 いつもの笑顔。


 陽太は別ウィンドウでレポートを開いた。


 十分後――


 気付けば配信を見ている。

 慌ててレポートへ戻る。


 二十分後――


 また配信を見ている。


「ああ、クソっ!集中しろ……」


 自分に言い聞かせる。

 それでも、エリシアの声は嫌でも耳に入ってくる。


 今日のテーマは農作物の保存方法だった。


 干すべきか。

 塩漬けにするべきか。

 倉庫を作るべきか。


 コメント欄は今日も賑やかだ。


:冷凍しよう

:冷蔵庫

:文明レベルが違うだろ

:燻製は?


 エリシアは真面目にメモしている。

 いつも通りだった。


 だからこそ。


 自分がいなくても、変わらず進んでいく配信に、

 少しだけモヤモヤした。


「当たり前か」


 思わず苦笑する。

 視聴者は百人以上いる。


 自分一人いなくても何も変わらない。

 そんなことは最初から分かっている。


 配信は続く。

 コメント欄も流れる。


 エリシアがふと呟いた。


「以前、橋のお話をした際に教えていただいたのですが――」



 陽太は顔を上げた。

 あの日の話だ。


 その瞬間だけ、レポートのことを完全に忘れていた。



「市場は人の流れでも変わるそうですね」


 紙束をめくる。


「ですので、今回は保管場所も市場の近くに――」


 話はそのまま続いていく。


 もちろん、名前など出てこない。

 誰が言ったかも語られない。


 ただ。


 以前の配信で聞いた話として使ってくれた。

 それだけだった。それだけなのに。


 嬉しかった。


 一時間後。


 配信終了の時間が近付く。


「本日もありがとうございました」


 エリシアが一礼する。


「皆様のおかげで、今日もたくさん学ぶことができました」


 コメント欄が流れる。


:おつおつ

:また明日

:おやすみー


 陽太は結局、一度もコメントしなかった。


 配信画面が暗転する。

 静かになった部屋でレポートを保存した。


 進捗は思ったより悪くない。

 むしろ予定より進んでいた。


「よし」


 伸びをする。


 今日の自分は、視聴者の一人。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 そう言い聞かせながらパソコンを閉じる。


 だけど、配信が始まる前に挨拶を書こうとしていた自分の手と、

 途中で感じたモヤモヤだけは、

 まるでその考えを否定しているようだった。

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