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貧乏男爵令嬢ですが、契約結婚の相手が内緒で産んだ子の父親で、ちょっと困っています。  作者: メアリー=ドゥ


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5/5

伯爵と男爵令嬢の契約は、無事に纏まりました。

本日2話目です。

 

「クレス」


 諦めて条件を受け入れたピアは、庭に出て木の枝をブンブン振り回している息子に声を掛けた。


「あ、かーさま!」


 戦っているつもりなのか、庭に生えたペルメントの下生えを叩いてバッサバッサと揺らしていたクレスが、パッと振り向いて駆けてくる。


 見てくれていた婆やに目を向けると、彼女は頭を下げてその場を後にした。

 やることはたくさんあるので、ピアが帰ってきたら一緒に見ていることは少ないのである。


 その間に、フォルト卿がスッと前に出た。


「君がクレスか」

「そうだよー! はじめまして!」


 ニコニコと挨拶した息子は、あまり人見知りをしない。


 元気に外を駆け回るタイプなので、手足に擦り傷などは日常茶飯事である。

 それでもある程度の礼儀は弁えさせてはいるものの、まだ三歳。


 何か粗相がないかとハラハラしつつ見守っていると、フォルト卿はスッと膝をついてクレスと目線を合わせた。


 ―――あら。


 中々、子どもとそうして目線を合わせようとする殿方は少ないので、心配しつつもピアが感心していると。


「メズエル・フォルトだ。どうぞ宜しく」


 どこか、一段と柔らかい微笑みを浮かべるフォルト卿に、クレスは目を輝かせた。


「おじさん、クレスとおめめのイロがおなじだーっ!」


 その言葉に、ピアは一瞬心臓が止まり掛けた。


 クレスはピアと同じ黒髪なのだが、目の色が紫なのである。

 が、すぐに思い直す。


 ―――落ち着きなさい、ピア。バレてないのよ。


 ピアが侯爵家でフォルト卿と一夜を共にした侍女だ、という話は、秘密なのである。


 凄く重大な話だったみたいだし、フォルト卿本人に対しても言わないだろう。

 まして肌を重ねたのはその一回きりであり、まさか侍女が妊娠して出産している、などとは流石に考えない筈だ。


「確かに、君の目も綺麗な紫色だな」

「うん!」

「そんなクレスに、一つ私の口から伝えておきたいことがある」

「何?」


 キョトンとするクレスに、フォルト卿は自分の顔を指差した。


「私は、君の母君と結婚することになった」

「けっこん?」

「そう。少しの間、私が君の父親になる。……話が難しいだろうか?」


 目をぱちくりするクレスを見て、フォルト卿が少し不安そうにこちらを見てきた。

 子どもの扱いそのものに慣れている訳ではないのだろう。


「クレスには、お父様がいませんね」

「うん! おじーさまはいるよ!」

「そんなクレスが、お父様と呼んでもいい相手が、フォルト卿です」

「えー?」


 体ごと大きく曲げるように首を傾げてから、ぴょん、とクレスが元の姿勢に戻る。


「おじさん、とーさまになるの?」

「そう呼んでくれても……いや、そう呼んでくれると嬉しく思う」


 最初の言い方だと突き放しているように感じるかも、と思ったのだろう。

 わざわざ言い直したフォルト卿に、クレスは満面の笑みを浮かべた。


「うれしい? ならいーよ! みんながよろこぶコトしなーって、ばーやもいってた!」

「そうか。……そうだな。ありがとう、クレス」


 ぽんぽん、と軽くクレスの頭を撫でてから、フォルト卿は立ち上がった。


「もうあそんでいい!?」

「ええ」


 ピアが答えると、またクレスが駆け出していく。

 本当に、いつも元気である。


「皆が喜ぶことをしなさい、含蓄のある言葉だ」

「そうですか?」

「もしかしたら、私のやったことはソプラ嬢を喜ばせることではなかったかもしれないが」


 フォルト卿の言葉に、ピアはそれが冗談なのか本気なのか、一瞬判断がつかなかった。

 しかし彼が笑みを浮かべているのを見て、軽く片眉を上げる。


「喜んでいますとも。貰い過ぎて恐縮だと感じているだけです」


 相手がフォルト卿であることだけが、少々ヒヤヒヤする要素ではある。


 あの夜の相手が彼であることは、お父様にも伝えていないし、勿論クレスにも話していない。

 だから、どこからもバレることはない。


 ない、筈だった。


※※※


 ―――そうして、二ヶ月後。


 会談をした日、『半年後に婚約式を』と約束を交わしたピアは、その日を迎える準備の為にクレスと共に伯爵領に引っ越しをした。

 社交界の時期に合わせて王都のタウンハウスで行う予定なのだけれど、流石に男爵領にいると日焼けなどをケアするような生活が出来ないのである。


 二ヶ月を貰ったのは、お父様の為だ。


 ご自身でも一通り身の回りのことは出来るけれど、どうしても行き届かない部分がある為、フォルト卿からいただいたお金で二人、新たな侍女と使用人雇い入れたのだ。

 侍女には婆やと一緒に家事仕事を教え、もう一人、読み書き計算がある程度出来る使用人にはお父様の補佐をお願いした。


 取引先の商人も変えて、今まで借金で補填していたので手を入れられなかった領地の修繕などの手配をして……とある程度形を整えてから、伯爵家に移動したのである。


「フォルト卿のご両親はいらっしゃらないのですね」

「ああ。少し事情があって、隠居の後は王都のタウンハウスに住んでいる」


 伯爵邸はやはり広く大きく、そして綺麗だった。


 庭も広く、クレスは早速ワクワクして飛び出して行き、少し年長の使用人の子どもなどとすぐに仲良くなっていた。

 もしかしたら、今後男爵領を懐かしんで夜泣きなどもするかもしれないが、とりあえずは天性の人懐っこさを発揮しているようで何よりである。


 そうして荷物などの運び込みを行い、屋敷の中を案内されて、最後に居間でティータイムになると、フォルト卿は何故か人払いをした。


「さて、ソプラ嬢」

「はい」

「ピア、と呼ばせて貰っても大丈夫だろうか?」

「あ、はい。そうですね」

「君も、私のことをメゾと呼んで欲しい」

「メゾ様。分かりました」


 これから夫婦になるので、確かに他人行儀では少々おかしい。

 そんな何気ない会話の後に、フォルト卿……メゾ様は、真剣な表情を浮かべてこう口にした。



「単刀直入に言おう。……君なんだろう? ピア。あの日、純潔まで捧げて私を救ってくれたのは」



 言われて、ピアはピシッと固まった。

 今告げられた言葉の意味が、一瞬理解出来なかったのだ。


「何の話でしょう?」


 ほんの数秒でそう問い返した自分を褒めたい、と思いながら、ピアがメゾ様を見ると、彼はポケットの中からテーブルにコトン、と小さな容器を置いた。


「それは?」

「ピアが作った、解毒薬の入った薬箱だ。この薬の香りを、私は商人が流通させたこれを手に入れる前に、嗅いだことがある。そして、他の丸薬や魔薬からは匂ったことがない」


 ―――あ。


「あの日の翌日、この解毒薬が部屋の中に落ちていたのを拾った。そして抱いた君からも、同じ香りがしたことを覚えている」


 言われて、ピアは内心で顔を引き攣らせた。


 あの香料は確かに、薬の臭いを薄める為に試行錯誤したお手製のものである。

 そして、侍女として働いていた時にメゾ様に飲ませようとした解毒薬は、あの香料を使っていた。


 理性を失った彼に押し倒された時に、確かに手からこぼれ落ちもしたし、常に持っていたのでピア自身に匂いが移っていてもおかしくない。


 が。


「偶然では?」


 ご当主様だった侯爵様の許可を得ていない以上、そこについてはしらばっくれるしかない……と思っていたのだけれど。


「この件をピアと話し合うことについては、侯爵閣下の許可は、既に得ている」


 今度こそ、ピアは絶句した。

 真剣な紫の瞳の中に、あの日のメゾ様の目に宿っていたのと同じ熱が籠っている気がする。


「そしてピア、これはただの傍証だ。君だけでなく皆が見落としていた決定的なことがある」

「何でしょう?」

「私が目覚めた時に、枕元のナイトテーブルには何があったと思う?」


 言われて、ピアは思わず自分の目元に手を当てた。


 ―――間抜け過ぎるわ……。


「ピア?」

「……同意書、ですね」

「ああ。君が自分で署名した(・・・・・・・・・)んだろう? 皆、私の状態に慌てていて、片付けるところまで気が回らなかったのだろうな」


 であれば、そもそも最初からバレていたのだ。

 というか、媚薬の支配下から脱した直後にそれをきちんと確認していたメゾ様が、目ざとすぎる気もした。


「ご存じ、だったのですね」

「ああ」

「では、何故今更?」


 名前を知っていたのなら、貴族年鑑を辿れば一発でどこの誰かがバレる。

 にも拘らず、四年を置いて姿を見せた理由が分からない、と思っていたら。


「接触を禁じられていたのは、君も知る通りだ」

「ええ、ですからそれを破る理由が、何かあったのでしょう?」

「一つには、あの媚薬……【神の悪戯(テオブロマ)】を私に盛った犯人を、四年かけてようやく排除できたことだ。問題が解決した」

「長いこと掛かったのですね」


 そこで、ピアはメゾ様の口にした言葉に、この日最大の衝撃を受けた。



「黒幕が先代王妃陛下だったからな」



「…………は?」

「これはずっと秘匿される情報だ。犯人は最初から分かっていたが、手が出せなかった。先代陛下から現陛下に王位が譲られ、権力から徐々に遠ざかったことで、ようやく隠居していただくことが出来た」

「……どういうこと、なのでしょう?」


 話が全く分からない。

 フォルト卿と、先代王妃陛下が繋がらないのである。


「私の父は王兄おうけいだ。だが、庶子だった。私の祖母は先代国王陛下の側妃だったのだ」

「……!」

「正妃が侯爵家の出身で、現陛下の母親だ。どうも、心の底から先代陛下に惚れていて、その寵愛を受けていた祖母を、あの方は憎んだらしい。フォルト伯爵家は力がある故に直接の排除は出来ず、しかし有形無形の嫌がらせを受けた祖母は心を病んだ」


 そうして側妃殿下は伯爵家に戻り、王兄であったメゾ様の父親も同じく伯爵家に戻ったのだという。


「先代王妃は苛烈な方でな。姿を消した後も、自分より寵愛を受けていた祖母をずっと憎んでいたらしい。フォルト伯爵家ごと、何としても貶めたかったのだろう。あの日話をしていた人物はこちら側の派閥だと思って信頼していたが、先代正妃に取り込まれて私に媚薬を盛ったのだ」

「……メゾ様は、何も悪くないではないですか」


 先代正妃陛下は、愛する人の心を奪われた、と思ったのかもしれない。

 けれどそれを理由に、孫の代に至ってもなお家名に泥を塗りたいと思うほど、憎み続ける程の執念は……正直、ピアには理解出来なかった。


「現陛下は私の叔父だが、実母の苛烈さを苦々しく思っていたようでな。今回の私の件で、ついに権力から遠ざけることを決め、それに四年が掛かった」


 メゾ様は微笑んで、どこか愛おしそうにこちらを見つめてくる。

 その視線に、ちょっと落ち着かない気分になった。


「私は感謝しているのだ。君の的確な判断は私を救い、そして侯爵閣下も救った。その恩を返すことを話し合い、君に連絡を取ろうとしたら、どうやら男爵領が困窮しているらしいと聞いてな」

「……その件に関しては、男爵家に戻る時に受け取った報酬で、既に精算済みと思っていましたが」


 義理堅いのは良いけれど、ちょっとやり過ぎだろうと思う。

 勿論、借金やそれに関わる解毒剤の話については、とても助かったのだけれど。


「それに感謝しているだけなら、百歩譲って、援助をしていただくだけで十分ですが。何故この上、私を妻にしようと?」

「年齢から考えても、クレスは私の子だろう? あの後会わせて貰った時に、瞳の色を見て確信に変わった」

「……」


 どうやらフォルト卿は、そこまで察していたらしい。


「困窮した時に、それを理由に私を頼ろうとはしないことが、ピアの高潔さだと思っている」

「面倒ごとが嫌いなだけです。それにクレスは、男爵領を継ぐ子ですから」

「伯爵領も継げばいい。男爵領と統合することは、陛下も認めて下さるだろう」

「私は、メゾ様と一夜を共にしただけの女ですよ!?」


 それも、フォルト卿自身の望んだことではなかった。

 責任を取るにしても、恩を返すにしても、やっぱりやり過ぎである。

 

 けれどピアの言葉に、フォルト卿は軽く首を傾げた。


「そう、一夜を共にした相手が、ピアだった。私にとってはそれも幸運だったな」

「幸運……?」

「普通なら許されることのない身分差のある聡明な女性が、侯爵家の侍女として目の前に現れ、国王陛下の御許可の元、堂々と妻にする大義名分までも得ることが出来た」

「……!?」


 テーブルの向こうからこちらに手を伸ばし、フォルト卿がピアの手を取る。

 そして優しく微笑みながら、こう口にした。



「ピア。私は君に惹かれている」



 そう告げられて、ピアは固まった。


 ―――今、なんと仰いましたか?


 正気なのだろうか。

 思わずまじまじと顔を見つめると、フォルト卿は嬉しそうに目を細めながら、言葉を重ねた。


「だから、自分の望みも混ぜて、条件をつけた。ただ援助を申し出ても、ピアはきっと、首を縦には振らなかっただろう」

「そんなことはありません」

「理由があってもあれだけ拒否しておいて、何の理由もない投資を受け入れたと?」


 言われてみれば、受け入れない気もした。


 理由があっても条件の良さを疑ったのは、確かにピアである。

 が、条件が良すぎると感じたのは事実だから仕方がない。


 事情を知った今になっても、そう思っているくらいだけれど。


「……でも、疑った通り、下心があったではないですか」

「確かに。君の聡明さは健在のようで何よりだな」


 言いながら、メゾ様がおかしげに肩を震わせた。

 添えられた手を振り払いはしないけれど、やっぱりピアは彼の顔を睨みつける。


「笑い事ではありません」

「君にとってはそうかもしれないな。……ピア、君は胆力があり、機転が効き、そして尊敬に値する人だ。あれから、もう一度会いたいと願っていた。君が望まないかもしれないと思い、期間限定の契約結婚を口にしたが……」


 と、メゾ様は再び真剣な表情を浮かべる。


「これから先、期限までの間を共に過ごした後で、また答えを聞かせて欲しい」

「何の答えでしょうか?」

「これから先を共に過ごしても良いと思って貰えたら、私は本当に君と添い遂げたいと考えている。その答えを、だ」

「正気ですか?」

「当然だ。媚薬の熱に浮かされているわけではない」


 てらいもなくそう言われて、紫の瞳に見つめられて、ピアはどうしたらいいか分からなくなった。


 条件だけで見れば、メゾ様は間違いなく優良すぎる相手である。


 顔良し、家柄良し、才能良し、性格良し、その上裕福。

 もしかしたら、性格は『イイ性格』の方かもしれないけれど。


 ―――まぁ、よく考えたらメゾ様の方が幻滅するかもしれないし。


 借金を返すまでには、まだまだ時間がかかる。


 ピアが、ただの貧乏男爵令嬢だとメゾ様が気づく暇もたっぷりある、ということだ。

 彼の性格なら、もし幻滅したとしても、クレスの教育と男爵領への援助を打ち切ったりはしないだろう。


 だから、ピアはこう答えた。


「……考えさせていただきます」

「十分だ」


 メゾ様は、満足そうに頷いた。


「これから宜しく。ピア」

「宜しくお願い致します、メゾ様」


 そう口にした後、改めて意識した彼の手の温度は、あの日と同じように、何故か熱かった。

 

これで完結となります。


ご愛読ありがとうございました♪


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とても面白かったです! やっばり賢くて機転が利き胆が据わってる女性って素敵ですね。その彼女を相手取りしっかり外堀埋めて行動する伯爵も素敵でしたww
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