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第4章:擬似ヒーローの雨宮太陽

 青春時代における桃色の桜は始まりと終わりを感じさせる唯一無二の色彩。

 高校敷地内にいくつか植えられている桜も日に日に色を失っていく。

 この過程を何気なく見ていられる時間がどれだけ特別なものかなんて思っているのは俺だけかもしれない。

 いつかこの桜のように頭頂部が寂しくなり始めた時に思い浮かべるのがこのひと時だったりしたら良いなとおもむろに思っていた。

「感傷に浸っているのか? 珍しいじゃないか」

 背後からの声に反応して振り返ると学校敷地内で堂々とタバコを咥えているカネ先の姿があった。

「珍しいのはそちらでしょう。我が校が誇る『カップルの名所』に来るなんて信じられないですよ。まあ、何よりも信じがたいのはそれです」

 そういって、カネ先の口元を指差した。

 小さい頃、母さんからは人に指をさしてはいけないって教わったけれどこの人はきっと人じゃないから例外だな。

 カネ先はチッと聞こえるように舌打ちをしてからタバコを吸い直す。

「お前みたいな細かい人間が多いから少子化問題なんてのがあるんだと私は思うよ」

「少子化問題との関係がわからないですし、タバコ吸うなって。せめて、喫煙室行ってくださいよ」

「嫌だよ。ここからじゃ遠いし、あそこヤニくさいんだよ」

 あまりに子どもじみた理由だったから、呆れつつもつい笑ってしまう。

 綺麗に直立したように育つ花も素敵だが、たまには斜め上に伸びている花があっても悪くない。カネ先はそんな気持ちにさせてくれる稀有な存在。

「それで、わざわざこんな所まで来て何の用ですか?」

 カネ先はふうっと白濁した煙を吐き出してから口を開く。

「一年の日暮だが……もう心配は無さそうだって今朝方の職員会議で報告があったぞ」

「何で俺に言うんですか」

「ん? 家族なんだろ?」

 どこから知ったんだ、と一瞬焦りもしたが教師が知らないなんて方が不自然だと思い普通に会話をする。

「家族と言えど、なったばかりですよ」

「だとしてもだ。お前の不思議な力がまた働いたんじゃないかって勘繰ったんだが、当たりか?」

 ニヤリと愉快そうにタバコを吸い答え合わせを迫られた。

「色々やろうとして。でも、結局は何もしてないです。今思うとなんですが、真桜は出会った時からずっと前を向いてたんです」

 カネ先がフハハっと急に笑い出して「そりゃそうだ」と言い、話しを続けた。

「前を向けてない元不登校生徒がうちの高校で入試トップの成績なんで出せやしない。最近は不登校という選択をする考えも増えたみたいだが、まだ大人達の理解は乏しい。そんな我々を実力で黙らせにくるような、日暮みたいな奴がもっと増えてくれたのなら良いな」

「真桜ってそんなに頭良かったんですか」

「ああ。うちの高校じゃ彼女のレベルに見合わないな。余程の理由があってうちを選んだ事は伺えるよ」

 真桜は俺と初めて話したあの夜を境に復学もして、佐倉とも打ち解け。家でも声を聞かない日がないくらいに好転していった。

 活き活きと生活している彼女を見ていると少しのきっかけと勇気で人は何にでもなれるんだと思い知らされる。でも、その為には恐怖に負けない。あるいは立ち向かうための強い動機が必要だとも思う。

 真桜にはそれがあって踏み出せた。今の結果は全て彼女自身の力でありそれ以外の力なんて何もない。

 信じて待つ。たったそれだけで面白いくらいに解決していったんだろうなって思うほどに虚しくも嬉しかった。

 一つ、気になることがあるとするのなら真桜がどうしても東陵高校に通いたかった理由か。

 あの夜、真桜が言いかけた『近い将来』という言葉に続くものがこの答えなのだとしたら。俺にはいつか教えてもらえるのだろうか。

 カネ先が短くなったタバコをポケット灰皿に擦り付けて何かを思い出したかように口を開く。

「そういや、日暮と佐倉の二人がよろず商業部に入るらしいぞ」

「はっ? マジですか?」

「マジマジ。浅岡に入部の許可を求められてな。人員不足でもあったからな当然許可するんだが、いよいよ面白くなってきたと思わないか?」

 少年漫画のキャラも見劣りする純粋な輝きを放って笑みを浮かべるカネ先は自分が担当する部を遊び場だと勘違いしていそうだな。だけど、そんな部活だからこそ楽しい事だってあるのかもしれない。

「雨宮もいつ入部したっていいんだぞ」

「俺は何回も断っているじゃないですか」

「そうだが、何というか……」

 気まずそうに言い淀む姿を見せてくるなんてらしくないな。余程、俺がバレーをしていないことを気にしているんだろうな。

 実質的な関係がこの人にあるわけでもないのに、どれだけ腐っても教師だから憎いよ。本当に。

「学級委員としてカネ先の家来やってるんだから勘弁してくださいよ」

「ふふ。そうか、そういう風に思っていたんだな」

「違うんですか?」

「大正解だ」

「ゴミだな。あるいはクズだ」

「私の事をゴミとクズに分けて言うやつは珍しいな」

「ゴミクズって言われてたのかよ」

「あはは。まあ、呼ばれ方やどう思われるかなんて、それこそ道に転がってるゴミよりどうでもいい。目移りすらしないよ」

 学校の教師なんかしてないでメンタルコーチでもした方が稼げるんじゃないかという考えがよぎるが、この人が自分の好き嫌いなしにコーチングできるとは思えないので何も言わないでおくことにした。

 未来の被害者を増やさないための懸命な判断だ。

 昼休み終了をしらせる予鈴がなり始めてカネ先と俺は校舎へ引き返しすことにした。

 途中、校舎と校舎の隙間を縫うように強い風が吹き、顔を背ける。偶然視界に入ってきたカネ先が楽しげに笑みを浮かべて、なんとも形容し難い雰囲気を醸し出していた。


 放課後になり帰宅しようとしていると理人に話しかけられる。

「部室が大変なことになってるから助けてくれ」

「唐突だな」

「唐突でも何でもいい。マジで太陽も入部しろ。でないと俺、肩身狭すぎて押しつぶされる」

 必死に訴える理人の顔を見て、よろず商業部が女子天下の部活動になってしまったことを想像する。しかも、浅岡と佐倉だからな天下とかのレベルを超えていそうだ。

 浅岡、佐倉ペア対理人という構図が容易に思い浮かぶ。

 理人も大変そうだし、真桜の様子も少しだけ見たいし顔だけ出してみようか。

「じゃあ、少しだけ付き合うよ」

「まじか。神だな」

 大袈裟に喜んでいる理人が目に映ったのか青葉がふらっと近寄ってきてはイタズラな笑みを浮かべている。

「理人はさ、そんなこと言いつつも女子ハーレムを堪能してんじゃないの?」

「一応、その可能性は否定しきれないって俺も思う」

 なんか分からんが、面白そうなので青葉に便乗しておく。すると、どこからか湧いてきたツッチーが「俺も俺もっ。で、何の話?」と意味不明な加わり方をしてきた。

 浅岡はすでに部室へ向かっていたためいつものメンバーがここで揃うことはなかった。けれど、理人からの「状況をその目で見てから決めろ」という申し出もありよろず商業部の部室で再集結することになり四人で向かった。

 そこに広がっていた光景は青葉の想像していたものとはかけ離れていたようで、何も言わず理人の肩をポンポンと叩いて慰めているようだ。

「せめてなんか言えよ」

「それじゃあ、私も部活あるから」

「待てよ。せめてこの場の収拾を試みてから行け」

「収拾って言ってもね〜」と青葉が視線を向けた先では浅岡対佐倉という想像していなかった構図のバトルが繰り広げられていた。

「佐倉さん。いい加減生徒会からの依頼に取り掛かってくれる?」

「いーじゃないですか。だって、記事書くのとかめんどうだし。しかも来週の締切ですよね?」

「締切ギリギリに納品するなんてクライアントに失礼だと思わないの?」

「大体、その横文字やめてください、クライアントって何ですか? 泣きながら働くアリってことですか? 私はノー、クライ、アントです」

 クライとアントを分けて考えやがった。上手いな。

「無駄口を叩く暇があるのなら日暮さんみたいにパソコンを開いてちょうだい」

「あ、あの先輩。またデータ消えちゃいました」

「え、またなの? ちょっと貸して」

「ごめんなさい」

 心底申し訳なさそうにしている真桜に「大丈夫よ」と浅岡が声をかける。

 その光景を見て佐倉があははと笑いながら「大丈夫、大丈夫。気にすんな!」と声をかける。

 浅岡は何も言わずにデータの復旧に取り掛かっているが、心の声が嫌ってほどに聞こえてくる。

 でも、これはこれで良いんじゃないかって、そんな気もするんだよな。

 この光景を眺めていた俺と青葉、ツッチーは思わず笑ってしまう。理人には睨まれたが仕方ないだろう、それだけ楽しげな雰囲気がこのよろず商業部には広がっているのだから。

 すると、データの復旧を終えた浅岡がこちらに視線を向けてきた。というか、理人同様に睨んでいると言っても過言じゃない。

「空木君さっさと仕事しなさい。やばいわ」

 鬼気迫る声を耳にして怯えるように理人が「仕事って言っちゃってんじゃん」と嘆き、部室の隅に追いやられた机にちょこんと腰掛けてからパソコンを開く。

「それじゃあ、私達はお邪魔になるから出ますか〜」と青葉が声を出した時「待って」と浅岡に呼び止められ一同の足は止まる。

「バレー部から依頼されている、部の活動報告書なんだけど。作成をする上でいくつか質問してもいいかしら?」

「えーと、私とツッチー?」

「そうよ。あ、雨宮君は佐倉さんに生徒会新聞の記事を書かせてもらえると助かるわ」

 マジかよ。よりによってこの問題児の相手か。

 抗議しようにも本当に切羽詰まっているようで、忙しなくバレー部の二人から活動実績部分について聞きながら報告書を作成していた。

 はあっとため息を漏らしてから仕方なく、佐倉の方へと歩み寄り口を開く。

「お前、学級委員なんだろ? もっと真面目に部活やれよ」

「いやいや。教室でちゃんとしてるのに部活でまでちゃんとやれなんて酷だよ。そう思いませんか?」

「浅岡は教室でもちゃんとしてるぞ」

「あんな真面目が具現化したような人と比べないでください。大体、私は雪音先輩が大好きだから入部したのに。まさか、よろず商業部が社会の縮図だったなんて」

「確かに。活動自体はフリーランスと変わらないからな」

「そうなんですよ。生徒や他の部から依頼された雑務をこなして、その対価に校内の奉仕作業を命ずることが部活動って。最初説明された時に意味分からなくて了承しちゃいましたからね〜」

 あははとこれまでの経緯を笑い飛ばすかのようにしている佐倉。

 うん、これは理人も手を焼くだろうな。というか関わりたくないんだろうな。

「あの…」

 弱々しい声と共に制服の袖を軽く引っ張られて顔を向けると涙目になった真桜の姿があった。

「え、なに」

「また、文字が消えちゃいました」

 今にも涙が溢れそうなゆるゆるの瞳孔を見てたじろぐのは俺の方だった。

「よ〜し。分かった。大丈夫だから落ち着け。真桜はまずコマンドキーを覚えよう」

 真桜が「コマンド?」と首を傾げていると佐倉が横から口を挟んできた。

「格ゲーとかのコンボのことじゃん? 弱打撃と強打撃とかそういうやつ」

「全然ちげーわ、黙れ」

 つい口調を荒げてしまうも佐倉は「は〜い」と言いながらにししと笑っている。

 気を取り直して真桜に文字を消してしまった時の対処法を説明する。

「キーボードのコントロールボタンとZボタンを同時に押すと前の画面に戻せるんだ。押してみて」

 おぼつかない手つきで指示したボタンを同時に押すと、誤って消してしまった文字が復元されて真桜は「凄いっ」と歓喜していた。だが、復元された文字が数十文字だった光景を見て浅岡と理人の気苦労を心底感じてしまう。

 それから俺は真桜の手伝いをするという形で佐倉が放り出した生徒会新聞の記事作成に取り掛かった。

 合間で周囲を見渡すと青葉とツッチーの姿は既になく、理人も浅岡も淡々とタスクをこなしていっているようだった。

 恐らく急いで取り掛からないとヤバいものを二人が担当してるんだろうな。そのせいでこちらとの温度感が異なる。とはいえ、結局手伝ってるじゃんか。

「あの太陽さん。ここに画像を入れたいんですけど……」

「それはね」と説明しようとしたが佐倉がスッと真桜の隣の椅子に腰掛けてマウスを動かした。

「これは画像を挿し込みたい範囲を選択してからファイルを開く必要があるの」

「うん」

「こんな感じかな? どう?」

「完璧! 葉月ちゃん詳しいね」

 純真無垢な言葉を真桜から浴びせられた佐倉は視線を逸らしながら「そ、そんなことないよ〜」と言っていた。

 すると「佐倉さんはパソコン作業得意よ」と浅岡も会話に参戦し出した。

 理人も席を立ち、ぐうっと背伸びをしていて、二人のタスクが片付いたことを察した。

「雪音先輩は私を買い被りすぎですってば〜」

「買い被りじゃないわ。中学生時代、生徒会であなたに仕込んだのは私でしょう?」

「はは。そうでした、そんなこともありましたね」

 過去を思い出して遠くを見ている佐倉。一体、この二人の過去に何があったというんだ。

「出来た! 浅岡先輩、確認お願いします」

 真桜は達成感に満ち溢れた表情でパソコンを浅岡の元に持っていく。

「あら、随分と良くなったじゃない。覚えが早いわね」

「そうですかね。早くお役に立ちたいです」

 完全に溶け込んでいる真桜の姿を見ていると佐倉が優しい眼差しを二人に向けながら呟く。

「復学して一週間。クラスでもそうだし、ここでもそう。真桜はさ、本来あーいう子だったんだよ」

「中学時代の話か?」

「うん。私がグレてた時にも底知れないあの笑顔を見てたから懐かしいよ。あの頃は眩しすぎて直視できなかったんだけどね」

 佐倉にも抱えてきた苦労があると知っているからその言葉は重く響く。

「でも、今は佐倉だってあの中にいられるだろ」

「無理無理。雪音先輩や真桜はどこまでいっても純情な少女で私は卑屈な偽物少女」

 吐き捨てるような佐倉に反応できずにいると理人が割って入ってくる。

「佐倉は賢いんだよ。世の中が汚いって知ってる。知った上でどうにもできないからと諦めてるんだろ。それはやっぱり賢いんだよ」

 佐倉は机にだらしなく伏せながらもモゴモゴと話す。

「でも、あの二人みたいに前向きになりたい年頃なんです」

「そりゃ無理だ。多分、俺や太陽と同じ部類だからな。どこまでいっても理屈屋で現実主義者な立ち位置に着く」

「か〜わいくなぁ〜い」

 バタバタと足を動かす後輩の姿を可愛く思ってしまったからか、俺と理人は目を合わせて自然と笑みを浮かべていた。

「でもさ」と理人が机に腰掛けながら話し出し、佐倉がいじけたような顔でその姿を見上げる。

「俺たちみたいな奴らしか、あの二人を支えられないでしょ。その役回りもカッコいいじゃんって最近は思うよ。可愛くはないけどな」

 理人からの話を聞いた佐倉はスッと立ち上がり「まあいいですよ、それで」と呟き真桜と浅岡の元へ走っていった。

「二人ともご飯行こっ!」

「え、行かないわ」

「真桜は行く?」

「どうしよう」

 真桜から行っても良いですか?と言いたげな視線がこちらに向いてきたので俺が頷いてみせるとパアッと表情を明るくして「行く!」と答えていた。

「よーし、じゃあ三人で女子会だ」

「だから、私は行かないって言ってるでしょう」

「真桜は何食べたい?」

「私の話聞いてる?」

「私、耳ないっす」

 浅岡に耳を引っ張られて痛がる佐倉と仲裁に入りつつも笑いを堪えきれていない真桜。

 そんな微笑ましい空間を眺めていると理人が小さな声で話しかけてくる。

「日暮との関係を説明しろや。恋仲には見えないが先輩後輩にも見えないんだよな」

「あー」

 確かに説明してなかったな。

 一応、真桜とは義兄妹であることをわざわざ言わなくていいだろうということになっているが、隠そうという意味でもないので簡潔に話すことにした。

「親同士の再婚で一緒に住んでるんだ」

「……そういうことか」

 やけに冷静だなと思っていると理人がスマホに映る一枚の画像を見せてきた。

 そこには俺と真桜が一緒に自宅へ入っていく姿があり思わず理人のスマホを奪い取ってしまった。

「おい、これはどういうことだ」

 取り乱す俺に対しても理人は落ち着いて話し出す。

「依頼が来てたんだ。大事にすべきではないかと思って二人になれる機会を伺ってた」

「依頼の内容は?」

「暴露系の特集を組んで校内に流してほしい。って依頼だった」

「真桜がここに入部してるって知らずにやってると思うか?」

「どうかな。日暮達が正式入部したのは今日だけど、先週から体験入部で出入りしてるしな。判断しかねる」

「これさ、一旦理人と俺だけの秘密に出来ないかな?」

「依頼を隠蔽しろと?」

 鋭く尖った声のトーンに気押されそうになりながらも「そう」と声を出す。すると、理人はふっと息を漏らしてから「とっくに隠蔽済みだよ」と呟いた。

「測ったな?」

「バーカ。いじったんだよ」

「どっちも一緒だ」

 そんな会話を重ねていると佐倉がこちらに向かって声かをかけてきた。

「そこのお二人さんもご飯行きます?」

「今日はいいや。理人と男同士の約束があって」

 佐倉が目を細めながら見てくる。軽蔑に似た視線が心を突き刺すようだったがこの際仕方ない。

「真桜。あの人達絶対えっちなことするんだよ」

「え、二人で?」

「あ、いやそうじゃなくて。ん? 待てよ、そうじゃなくないかもしれない。男同士ってのも最近じゃ主流……」

「葉月ちゃん、下品なこと言っていてないで早く行くよ?」

「えー、今のは真桜からじゃ〜ん」

「知らなーい」

 それから彼女らは荷物をまとめて部室を後にした。勿論、浅岡も佐倉にがっしり腕を掴まれて連行されていった。

「嵐のように去っていったな」

 そんな理人の言葉が最も適していると俺も感じていた。

 部室の鍵については理人に一任されたので下校時刻までは二人だけでここを使用することが出来る。

「それで、理人はどう思う?」

 俺は近くの椅子に腰掛けてからそう尋ねる。理人の方は床に座って、んーと唸ってから思考を整理するように話し出した。

「そもそも、これがただの悪戯か、悪意のある犯行かでも変わるよな。仮に後者だとして、その写真を撮れる人物だけなら意外と簡単に絞れるか」

「絞れるっていうのは、俺と真桜の関係を知っている人物ってことか?」

 理人が「そう」と頷いてから口を開く。

「俺にも話していなかったってことは言うことでもないけどバレても別にいいってことなんだろ?」

「うん。真桜とも復学した日に話したんだけど、義兄妹なのは事実だけど本来その関係ではなかったから校内では普通で先輩後輩でいようって」

「なるほどね〜。だとしたらもっと普通ってやつを演じた方がいいぞ?」

 ニヤリと笑みを浮かべた理人に「不自然だった?」と尋ねてみる。

「自然すぎて不自然だったよ。浅い関係値のはずなのに仲良さげなところとか特に」

「気を付けるよ」

「まあ家族なら仲良くしなきゃいけないし仕方ないことだ。家族なんだからな」

 やけに家族という言葉を強調してくるな。

 まさか、こいつ妬いてるのか?

「取り敢えず、理人の話通り犯人を絞っていくと浮かび上がるのは浅岡と佐倉と教員の誰かだな」

「やっぱり浅岡は知ってたんだな。てか、お前一回あいつと揉めたろ?」

 またしても嫌な事を訊いてくる。でも、解決した話ならば美談にだって出来るしあの時の短いすれ違いがあったからこそまた一段と固い絆が生まれたは確かだ。

 でも、なんか恥ずかしいな。

「まあちょっとだけね」

 誤魔化すように視線を逸らす。理人の薄ら笑みが目に浮かぶが今は気にしてる場合じゃないと話を本題に戻す。

「俺的には消去法で教員側の誰かじゃないかなって思うんだけど、理人はどう?」

「教員側かもしくは佐倉か。仮に浅岡が犯人だとしたらやってることがしょぼすぎるしな」

 その見解には激しく同意だ。

「確かに浅岡だったら自らの手で社会的に殺しにくるだろうな」

「ははは。あいつマジで容赦ないからな。きっと心の温度氷点下だぜ?」

「それ死んでない?」

「死なねーだろ、あいつ多分不死身だ」

 そう言って笑い合っていると部室のドアが勢いよく開かれて俺らは二人して体をビクつかせた。

「少しは真面目に話しているかと思って聞いていたら誹謗中傷? 二人とも地獄がお好みかしら?」

「な、なんでいるんだよ」と理人が怯えながらに言った。

「佐倉さんを撒いて戻ってきたのよ」と俺らを見下ろしながら浅岡が言った。

 怖すぎんだろこいつ。

 浅岡が一歩こちらに足を踏み出すことで息を呑むと、彼女は深いため息をついて「何もしないわよ」と呟いたので安堵した。けれど、緊張の糸を切らない理人。

「太陽、油断するな。俺はこの手に何度も騙されてきた」

「そ、そうなのか」

「そうだ。気を抜くな」

「ふ〜ん。本当に水に流そうと思ったのだけど、そういう姿勢でいるのなら話が変わるわね」

 理人が余計なこと言うから浅岡がキレてしまうんじゃないかと考えつつも最終下校時刻のある中で無駄な会話を繰り広げている場合ではない。

 浅岡が引き返してきたことはむしろ吉報だ。

「二人とも一旦待って。取り敢えず、浅岡を馬鹿にしたのは理人だからまた部活の時にでも制裁してくれ」

「太陽、最低だな」

「空木君。あなたの方が最低よ」

「あ、はい。すみませんでした」

「で、あの変な依頼のことよね?」

 どうやら浅岡も理人が隠蔽したという依頼に気が付いていたようだ。確かに同一のアカウントで依頼を管理している以上、余程のタイムリーで隠蔽しなくては目を通されるだろう。

 浅岡が俺の隣の席に腰を下ろしながら話を続けた。

「あなた達の話も聞かせてもらったけれど、私も同意見。濃厚なのは教師側だけれど佐倉さんという線も捨てきれない」

 あまりにあっさりと佐倉を容疑者候補に上げたことに疑問を覚えて尋ねてみる。

「てっきり佐倉はそういう事しないって言い張るかと思ってたが、やけにあっさりしてるんだな」

「ええ。この前のは佐倉さんに落ち度がないと知っていたから。勿論、彼女がこんな回りくどいことするタイプだとは思えないけれどね。基本自堕落な子だから」

 その言葉には説得力があって、俺たち三人の脳裏には部活動中のだらけきった彼女の姿が思い浮かんでいた。

「一先ず、これが誰からの依頼だったのかの特定は俺が引き受けるよ」

 そんな理人の発言に「お願いね」と浅岡が返す。

「たまにルール無視してカネ先や生徒会を介さずにメールしてくる人いるんだっけ?」

「一定数だけな。そういう依頼は基本的に受けないし気にしないんだが、今回は画像付きってのもあって特例だな。まあ、本格的に痕跡辿ってみるわ」

「理人はこういう時頼もしいけど、敵に回すと怖いね」

「そうね。この男は捕まる前のハッカーみたいなものだから」

「ひでーな。捕まらねーし」

「そう? あまり逃げ足は早そうに見えないから不安だわ」

「はっはー。笑わせてくれるね、運動音痴の浅岡さん」

 理人の挑発に対して浅岡の眉がぴくりと反応した。

「あなたこそ面白いわ。人間音痴のくせに」

「は? なんだよ人間音痴って。変な言葉開発してんじゃねぇよ」

「ピッタリなのだけど。空木君は人として全体的に欠落しているから。雨宮君もそう思うわよね?」

「あ? どうなんだよ太陽」

 二人からの怪訝な視線を一身に浴びながらそこそこ呆れていた。

「帰ろうか」

 呆れから出る弱々しい言葉だったが、二人は互いの顔を見合わせてから「だね」と言葉を重ねて立ち上がった。

 校舎の外からは運動部の溌剌とした声が響き渡っていて同じ高校生活を送っているはずなのにどこか別世界のようだ。

 昇降口を抜けて空を見上げるとオレンジ色の夕空が俺たち三人を祝福しているかのように笑いかけてきた。柔らかく温かな春風に肌を撫でられ、放課後に蓄積された変な疲れすらもすっ飛んでいくようだ。

 風に揺らされる髪の毛を抑えながら浅岡が言った。

「良い空ね」

 理人も悪態付かずに「だな」と共感している。

 普通にしていれば相性が良いはずなのに犬猿の仲なのはきっと神様のいたずら。

 こんな風に二人と残りの放課後を共有していく学校生活だって捨てたもんじゃないし、その選択が後悔を生むことなんて絶対にあり得ない。

「なあ」

 無意識に飛び出た俺の声に反応して二人がこちらを見てきた。

 本当は言うつもりの無かった自分の気持ち。

「いつか、俺自身の気持ちに栞を挟む時が来たら仲間に入れてくれない?」

 歩調を変えることなく、数歩進んでから理人と浅岡はあははと笑い出した。

「お前、なにカッコつけてんだよ」

「ふふ。この夕空のせいじゃないかしら」

 二人から馬鹿にされたことで腹の底から羞恥心が溢れ出て顔が熱くなる。

 俺は歩調を早めるがニヤついた二人が距離を離さないようにとついてくる。

「怒るなって、悪かったよ太陽」

「あなたの席ならいつでもあるから安心してちょうだい」

 分かってるよ。別に怒ってるわけじゃないから。

 でも、今は本当に恥ずかしいから少し離れて欲しかった。

 俺がどれだけ遠ざけようとも本物の絆で繋がった関係は磁石のように感情すら無視して引き寄せ合う。

 こんな関係に『親友』というありきたりな言葉を付けてしまうのは、きっと夕空が美しいせいだな。

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