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欲望の代償

 呪いが解け、直志が元に戻った。草世は喜び勇んで、両親の部屋を訪ねた。

 だが、二人は布団の中で息絶えていた。

 草世は力が抜け、ずるずると座り込んだ。


「間に合わなかった……」


 草世は、真珠を先に帰した。

 お湯を沸かして、タライに入れる。そのお湯で直志が体を拭いているうちに、草世は重湯を作った。

 直志に食べさせる。

 そうやって直志に気力が戻るのを待ってから、縁側に誘った。


 直志はやつれてはいるが、身なりを整えたことで、以前の爽やかさを取り戻した。時間が経てば、体力と共に貫禄も戻ってくるだろう。

 ケダモノのように叫んでいたのが夢だったかのように、直志は穏やかな目で景色を見つめている。


「綺麗だな」

「あぁ。桜の花びらみたいだ」


 山から吹いてきた風が、雪を飛ばしている。雲のない晴れた空に、白が舞う。

 直志は風に舞う雪を見つめたまま、静かな声で訊ねた。


「親父とお袋は、もう、いないんじゃないのか?」

「そうなんだ。そのー……葬式の準備をしないといけない」

「そうか」


 直志は穏やかな表情を崩さない。だが声には、悲しさと悔しさが滲んでいる。

 

「先生から聞いた話を、考えていた。屋根裏にあった、箱に入った人形。あれは、家の守り神様だ」

「守り神?」

「そうだ。家屋と風呂屋、両方を改築しているときに、虚無僧が村に来た。俺は不気味に感じた。だが親父とお袋は、虚無僧をもてなした。商売が繁盛するよう、祈ってもらうためだ。虚無僧は、東北の風習を教えてくれた。家内安全と子孫繁栄を願って、箱に入れた守り神様を棟木に打ちつけるという風習だ。……先生は、知っているか?」

「いや、初めて聞いた。東北のどこ?」

「岩手のほうらしい。箱に入った人形は、虚無僧が用意した。それを、大工が棟木に打ち付けた。棟木は、建物の最上部にある。そこに神様が降り立つと言われているそうだ。……虚無僧は去り際に、心を正しく持てと言った」


 直志は草世に視線を向けると、繰り返した。


「心を正しく持て、だ」

「うん」


 直志は、うっすらと笑った。喜びの笑みではなく、過去の自分に対する自虐的な笑み。


「それからは、先生が知っている通り。病気や怪我が治る奇跡の風呂屋として、有名になった。地域一番の金持ちになった。両親は、守り神様のおかげだと喜んだ。俺もだ。だがこうなった今、思うんだ。あれは本当に、守り神様だったのだろうか? 心を正しく持て、そこに全ての答えがあるのではないかと」


 恩恵を与える呪術が、途中から危害を加える呪詛に変わった。真珠は、そう話していた。 

 なぜ呪術が呪詛に変わってしまったのか、草世は見当がつかない。しかし直志には、「心を正しく持て」そこに答えがあると見抜いている。


「つまり直志たちは、心を正しく持てなかったというわけかい?」

「そうだ。使い切れないほどの大金を手に入れただけじゃない。誰もが、ここの風呂はすごいと絶賛した。国の偉い役人や県知事も来た。持て囃される快感に、俺たちは舞い上がった。生き方を見失ってしまったんだ。……改築する前は、質素な生活を送っていた。ご飯を食べ終えた茶碗にお湯を注ぎ、たくわんでお椀を拭いて、飲んだ。禅宗ではこれを、洗鉢というらしいが。俺たちはただ、米のぬめりさえもったいなく思っていた。慎ましいだろう?」

「うん。実に慎ましい」

「ははっ。そうだろう。だが金と名声を手に入れて、俺らは変わった。親父はしょっちゅう町に行っては、芸者遊びをするようになった。母は高価な骨董品や着物や布団を買い、汗水垂らして働く村人たちを見下すようになった。茶碗についた米粒を残すようになった。俺も……」


 直志は目をつぶると、胸の中にある塊を吐き出すように息を吐いた。


「医者である草世先生より俺のほうが偉いと、内心では威張っていた」

「そうだったのか。でも別に、医者という職業が偉いわけではない。命を営んでいくためには、どの職業も必要だ」

「それだよ。その、謙虚さ。それを、俺たちは失くしてしまった。俺たちの傲慢さが、家の守り神様を悪いものに変えた……」


 直志は空を見上げた。草世も顔を上げると、真昼の月が浮かんでいる。半透明の、欠けた月。

 肉が落ちて痩せた直志の頬に、一筋の涙が流れる。


「代償が、大きすぎる。虚無僧を招き入れるべきじゃなかった。それとも、欲に負けた俺たちが悪いのか……」


 草世はどう声をかけたらいいのか、迷った。どんな慰めも、直志の喪失感を埋めることはできない。

 覆水盆に返らず。直志の両親が生き返ることはない。

 草世は、


「これからも力になるよ」


 そう言うのが、精一杯だった。


 

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