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白狐の嫁入り〜禁断なる婚姻を最愛のあなたと〜  作者: 遊井そわ香
第四章 二人の幸せのカタチ
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真珠の許嫁

 しばらくして、丹野風呂屋から草世が出てきた。

 顔色が悪く、生気がない。体中にもやがついているのは、毎回のこと。

 真珠は息を吹きかけて、靄を飛ばした。

 いつもなら血色が戻って、草世は「体が軽くなった」と喜ぶ。

 しかし靄を吹き飛ばしたにもかかわらず、草世の顔は青白い。目に光が戻ってこない。


「どうしたの?」

「え? あ、いや……」


 草世は真珠の顔を見ない。視線を地面に縫い止めたまま。


「真珠ちゃんは、どうだい? なにかわかった?」

「あ……よく、わからない」


 真珠が言葉足らずであることを、草世は理解している。いつもの草世ならここで、「なにが、わからないんだい?」と訊ねただろう。

 しかし、草世は口をへの字に曲げた。真珠と話したくないとばかりにそっぽを向いて、歩き出す。

 草世は機嫌が悪い。だが、真珠は気がつかない。

 真珠は草世の後ろをついていきながら、僧侶に会ったことを話す。


「変な人に会った」

「…………」

「生きていない人。でも幽霊じゃない。肉体から出てきた、魂の存在。その人は、この世を変えたがっている」

「…………」

「でも私は、欲のある人みんなが悪いとは思わない。神様のお告げを伝えるために、人の夢の中に何度も入ったから、わかる。どの人も、良いところと悪いところがある。お風呂に集まった人たちも、そう。悪い欲だけ吸い取られて、綺麗な心は吸い取られなかった。だから、呪いが発動したのは、自業自得なんかじゃない。わざとそうなるように、呪術が作られた!」


 真珠は言葉にしたことで、なぜ僧侶を変な人だと感じたのか、わかった。


(あの人は、人間を悪だと思っている。人間は綺麗な心も持っているのに、あの人は、悪い部分に目を向けている。この世を美しいものにしたいと言うなら、悪い心に働きかけるのは間違っている!)


「美しい世界にするために、滅ぼそうとするのは違う。だって、滅ぼそうとするその気持ちに、悪意が混ざるもの。……私は、人間が持つ優しさにも目を向けたい」


 草世は足を止めると、振り返った。 

 真珠の訴えは、草世の耳を素通りした。真珠の話を聞いていなかった草世は、無表情に言い放った。


「一人で考えたいことがある。河原に行くから、真珠ちゃんは先に家に帰ってくれないか?」

「……うん」


 僧侶に会った話をしたのに、草世は反応を示さない。真珠は悲しくなって、唇を噛んだ。

 それすら、草世は見ない。

 草世は丹野風呂屋を出てからここまで、一度も真珠と視線を合わせていない。 

 河原へと向かう道を歩いていく草世の後ろ姿を、真珠は見送った。草世は振り返らなかった。



 先ほど。真珠が僧侶と話している間に、草世は丹野風呂屋に入って、神棚を見た。


「お札と熊手が飾られている。どれが縁起物で、どれが災いをもたらす呪術なのか、素人には区別がつかない。うーん……。真珠が言うには、屋根の辺りに呪詛があるというから、これらは違うのだろう」


 草世は、呪いを祓ってくれそうな人を当たってみた。だが、誰ひとり良い返事をくれなかった。


「近場のお祓い師は無理。だからといって、遠くにいる人に頼るのは………。それまで、直志は持ちそうにない」


 草世は神棚から離れると、直志の両親に話を聞くことにした。


「屋根の辺りに、縁起物だと思って買ったものを置いていないか。聞けてみよう」


 ぶつぶつと独りごとを言って歩いていた草世は、白い物体に悲鳴をあげた。

 誰もいないと思っていた廊下に、白髪の男性が立っていたのだ。

 金魚のように口をぱくぱくと開閉する草世に、男はうっすらと笑った。


「驚かせて、すみません。自分は、白裂しらさきといいます。真珠の許嫁です」

「許嫁?」

「はい。私と真珠は、幼馴染。結婚の約束をしています」


 白裂は草世と話をするべく、人間の姿に変身している。腰まである、白髪。細く尖った顎。糸のように細い、目。

 あどけない可愛らしさを持つ真珠と、ナイフのような尖った美しさの白裂。

 チグハグな組み合わせに、草世は違和感を覚えた。


「本当に、真珠ちゃんの婚約者なのですか?」

「はい。親が決めたものですが、真珠を愛しています。ですが、真珠はそうではない。その理由は、ソウセイ様にはわかっていますよね?」

「……僕の名前を、知っているのですか」

「はい。真珠から、いろいろと聞いています」


 草世の心に、言語化できないモヤモヤしたものが広がる。


(いろいろとは、なんなのだ! それに、許嫁って……。真珠には、結婚する相手がいたのか!? なんで、言ってくれなかったんだ!)


 白裂は、場を変えて二人で話したいと言った。草世は承諾し、河原で落ち合う約束をした。

 

 直志の両親は寝ていた。草世は声をかけることはせず、直志の様子を見てから、風呂屋を出た。

 真珠の顔を直視できない。嫁になりに来たと無邪気に笑った、その裏で、同族の許嫁がいた。心が激しく揺さぶられる。


(僕にも、許嫁がいた。真珠を責めるのはお門違い。それなのに胸がムカムカするには、なんでだ? どうして僕は、怒っているんだ?)


 草世は真珠と別れ、一人で河原に向かう。

 雪が溶けた草原くさはらには、すでに白裂が待っていた。

 春間近の風に吹かれながら、草世は自嘲した。


「思っていたよりも、僕は真珠が好きらしい。真珠に許嫁がいることが、おもしろくないのだ」



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