File:109 最後の戦い
瓦礫と粉塵が舞う式典会場の片隅で、シュウが対面した相手は、かつての戦友・ジュウシロウだった。
「……やっぱ生きてたんすね。ジュウシロウさん」
シュウの瞳は虚ろだったが、その声には、かつての軽い口調が微かに残っていた。
「ああ。あの状況から、エルマーの奴が気まぐれで俺を回収し、生かしやがった。
ちなみにカノンともその時、会った。
……お前は完全に、前崎の軍門に下ってしまったんだな」
「……もう、何が正しいかなんて、どうでもよくなったんですよ。
理想を追いかけて血を吐くより、自分の生活が楽になる方向で考えることにしました。
ユーリのことも幸せにしてやれますしね」
「……カオリはどうした?」
「さあ? ジュウシロウさんが死んだと思って、とっくに別の男見つけたんじゃないっすか?」
シュウの口から吐き出されたあまりにも冷酷で空虚な言葉に、ジュウシロウは短く「……そうか」とだけ応じた。
結局自分が何のために生きてきたのか。
今のジュウシロウにはどうでもよかった。
だから話を無理矢理終わらせる。
ジュウシロウは神経外骨格の莫大なエネルギーを注ぎ込む。
「シュウ。エルマーが俺を回収し、蘇生させたことは、前崎には黙っておいてくれ。
俺はその情を裏切って、再び坂上側についたんだ」
「……なんでそんな頑なに。
わざわざ地獄から這い上がってきて、なんでまた、勝ち目のない坂上側なんかに?」
「前崎の下にはつけない。
どれだけ日本が豊かになろうとも、奴のやり方はやはり間違っている。それだけだ」
「結果よりも手段っすか。もう古いっすよ、その考え」
「……なんとでも言え。
俺ももう、小難しいことを考えるのには疲れたんだ。
最後に、精一杯あがいて死ぬ。
だから……俺を楽にさせてくれ」
「……わかりました。介錯させてもらいます」
かつての仲間たちは、互いの命を完全に絶つために、その鋼の拳を静かに構えた。
時を同じくして。
銀司とラスカノという、前崎陣営が誇る最強の殺戮者の前に立ちはだかったのは、坂上の直属にして、旧自衛隊の最高峰を極めた四人の精鋭――雨宮、篠塚、縣、穂刈だった。
「はじめまして。テロリストの方々」
銀司の無機質なサイボーグの音声が、雨を裂いて響く。
「それはお前たちの方だろう、合法犯罪者ども」
雨宮が、アサルトライフルを構えながら冷徹に言い返した。
「ハッ。犯罪者同士、ここで仲良く殺し合うのか。笑えないな」
暗殺者としての血を滾らせたラスカノが、両手のナイフをクルクルと回す。
「なんだ、お前たちは? ここで死ぬ気で来ているのか」
銀司が、四人の自衛官のバイタルから「生存本能」が完全に欠落していることを検知し、微かに不審の声を上げた。
「我々は誇り高き自衛官だ。
この国に実害をもたらす悪を、自らの命と引き換えにしてでも打ち滅ぼす。
それが我々の最後の任務だ」
「……まったく。この豊かになった時代に、まだそんな狂気じみた『カミカゼ精神』が残っていたのかい? なぁ、銀司」
「お前らも、もうそれ以外の不器用な生き方ができない、可哀想な人間だったんだな。
……いいだろう。このエネルギーブレードで、綺麗に介錯してやる」
殺し屋と軍人。決して交わることのない二つの正義が、火花を散らして激突した。
「――あれから三年。お前は一体、地下で何をしていた」
爆心地の喧騒を見下ろす演説台の上。前崎の静かな問いに、日本最強の自衛官であった男、坂上は端的に答えた。
「準備だよ」
「結果にまだ不満か? 私がこの三年で、ここまで劇的に世の中を変え、この国を豊かにしたというのに」
「結果にじゃねぇ。『過程』にだ。
どんなに優れた結果を出そうとも、あんな血塗られた前例を、この国の歴史に残すわけにはいかねぇんだよ。
若者たちが誤解するだろう?
多少手段を間違えてでも結果を出すことが大事なのだと」
「……お前に聞くが、今の私を排除して、これ以上の結果を出す国家のビジョンがお前にはあるのか?
私は可能な限り具体策を示し、現に結果を出した。
それを超える頭脳が、お前にあるとでも?」
「ない」
坂上は、一片の迷いもなくはっきりと答えた。
「言いたいことをはっきり言ってやる。前崎、お前はただの『悪党』だ」
「……随分と偏った見方だな」
「ああ。現職の総理を殺し、個人の土地や利権を問答無用で奪い、抵抗する人間を不当に弾圧した。
そんな手段で国を束ねて、本当に人が心からついてくると思うか?
お前のやり方を肯定すれば、それは『結果さえ出せば、どんなおぞましい手段も正当化される』と、未来の歴史に証明しているようなものだ。
リーダーたるお前が、な」
「その通りだ。だからこそ、私は自分以外の誰にもその『権利』を与えない。
国民には絶対に、私と同じマネはさせない。
そもそも革命とはそうやって行われてきただろう?」
「そうだ。
だからこそ――お前にはここで、死んでもらわなくてはならない。
この国を、無法な力で完全にフラットにしてしまった、お前という諸悪の根源にはな」
「何を言って……」
前崎が、そこまで聞いてようやく坂上の「真の目的」のピースをピタリとはめ合わせた。
話が噛み合わないと思っていたが、そういうことだったのか。
「……なるほどな。そういう論法か」
前崎の端正な顔に、薄ら寒い感嘆の笑みが浮かぶ。
「私が既得権益をすべて破壊し、完全にフラットになったこの最高の『JAPANGU』のシステムだけをそっくりそのまま頂き、お前たちが私の代わりに統治するということか。
そして、すべての血の汚れと不法行為の罪を、私という『大悪党の国際犯罪者』一人に全責任として押し付け、抹殺する。
そうすれば、お前たちは歴史の英雄として、クリーンな手を保ったまま、この完成された国家を支配できるというわけだな」
「……そうだ」
「ふっ……くくくっ。まるで、古典的なアニメじみた感傷的なシナリオを本気で考えていたのか。
『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ』だったか?
あのアニメの有名な名台詞は」
「……」
前崎が不思議そうに、だが底冷えする声で笑い出し、坂上は重く沈黙した。
「悪いな、坂上。私はそんな、自己犠牲を伴う綺麗な物語を紡ぐつもりは毛頭ない。
お前たちにこの国の座を譲ってやる気もない。
私は進み続けるよ。
日本に仇為す、発展に寄与しないすべての古い価値観を完全にすり潰してな」
もう、これ以上の言葉は不要だった。
分かり合えるなど不可能。
お互いのイデオロギーが絶対に交わらないと理解した以上、残された道はただ一つ、殺し合うことだけだ。
「じゃあな。坂上」
「さらばだ。前崎」
交わされたのは、極限まで削ぎ落とされた短い決別の言葉だった。
国家の未来を懸けた、最高指導者と最強の軍人の、最後の殺し合いが始まった。




