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【☆5.1万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:108 2062年8月6日(日)

手段はどこまでも歪み、血に塗れていようとも、目に見える圧倒的な成果によってすべてをねじ伏せた前崎英二。

その狂気的な国家改造は、日本を「世界一の富を誇る黄金の国」へと押し上げたという冷徹な事実を以て、今や歴史に肯定されようとしていた。


名目上の支持率は99パーセントを超えていた。

独裁体制下における情報統制と不正操作の結果であることは論を俟たない。

だが、それを差し引いても、旧時代のどの政治家よりも果断に国益を追求し、すべての超法規的措置の「責任を一身に背負う」という狂気的な覚悟を示し続けた前崎に対し、大衆が本物の心酔を寄せているのは紛れもない事実だった。


そして今日、世界中の耳目が集まる中で、大衆に向けた記念碑的な演説が執り行われようとしていた。


2062年、8月6日(日)。場所は広島県広島市。


奇しくも、前崎が3年前の同日、現職の首相を暗殺して国家権力を完全に強奪した「革命の日」であった。

逆に言えば、わずか3年という極短期間で、停滞していた一国を世界の頂点へと引き揚げたのだ。

その超人的な統治手腕は、もはや怪物という表現すら生ぬるかった。


かつて前崎のファシズムを糾弾していたはずの多くの左翼系知識人や市民すらも、今や手のひらを返し、熱狂的な讃辞の声を上げながら日の丸の旗を激しく振っていた。

彼らに表面上の政治的発言権こそ認められてはいたが、前崎がその声に耳を傾けることは二度とないだろう。

なぜなら、前崎の演算が出力した政策は、すでに日本の歴史上で最も完璧に機能しているのだから。


平和記念公園を埋め尽くした式典の列席者の中には、中国の最高指導者やアメリカ大統領の姿もあった。

かつての超大国たちが、一国の総統の記念演説にわざわざ平伏するように参列しているという事実そのものが、現在の『JAPANGU』が手にした絶対的な国際権力を象徴していた。


アメリカ大統領による、通例通りの当たり障りのない退屈なスピーチが拍手と共に終了し、ついに満を持して前崎が壇上へと歩み出る。


「やあ、日本の皆様。ごきげんよう。総統の前崎英二だ」


拡声スピーカーから響き渡るその端正な声に、式典会場は一瞬で水を打ったような静寂に包まれた。


「あの革命の夜から、ちょうど3年。かつて既得権益の泥沼で腐り果てていたこの日本が、どれほど劇的に、美しく生まれ変わったか。

 それは今ここにいる皆様が、日々の生活の中で誰よりも深く実感していることと思う。

 当時、私は世界から独裁者、あるいはテロリストと猛烈な非難を浴びた。

 だが、こうして人類史上未曾有の繁栄という結果を出した今、私はあの選択が国家にとっての最善であったと、大いなる胸を張って断言できる」


わっと、地鳴りのような拍手と歓声が会場を包み込む。


「この原爆の悲劇を象徴する聖地において、3年前、血を流すような暴挙を振るってしまったことについては、未だに私個人としても深く申し訳ないと思っている。

 だが、国家の再生という大義のために、あの流血がどうしても致し方なかったことを、どうか寛大なる皆様の心で許してほしい。

 今後、我が国がこのような暴力的手段を必要とすることは二度とないと、ここに固く誓おう」


さらに激しい拍手の渦が巻き起こり、前崎万歳の声が響き渡る。


「そして、我が国は次のフェーズへと生まれ変わる。

 単なる経済大国ではない。

 地球上のあらゆる英知が、テクノロジーが、芸術が集束する『世界の中心都市』へと突き進むのだ。

 それには当然、ここにいる皆様一人ひとりの献身的な協力が必要となる。

 これからも、私と共に新しい世界を創り上げよう。よろしく頼む。以上――」


前崎が演説を締めくくり、完璧な笑みを浮かべた、まさにその刹那だった。

超長距離から放たれた極小のソニックブームが、一瞬遅れて大気を切り裂いた。

日本の現人神(あらひとがみ)として君臨する前崎の、その美しい眉間の中心へ向けて、一条の死神の弾丸が狂気的な速度で飛来したのは。





式典開始、十分前。


平和記念公園の喧騒から隔絶された、爆心地近くの古い雑居ビルの一室。酷く埃っぽい薄暗がりのなかで、十人の男たちが、それぞれの神経外骨格の稼働状態を無言で最終チェックしていた。


「――覚悟はできたか、お前たち」


列の先頭に立つ男――かつて「日本最強の軍人」と称され、前崎の超度網羅監視網を完全に欺き続けていた案内人・坂上が、低く、押し殺した声で問いかけた。


「ああ。もちろん、とっくにできている」


一人の隊員が、乾いた笑みを浮かべて応じる。


「よし。……さて、死にに行くか」


「いや。死にに行くんじゃない。俺たちは――あの夜の『責任』を取りに行くんだ」


坂上の言葉に、残る九人の猛者たちが、網膜の奥に静かな、だが凄絶な覚悟の火を灯した。


「そうだな。その通りだ」


坂上は短く肯う。


「前崎がどれほど非道な手段を用いようとも、結果を出せばそれで全てが肯定される……そんな歪んだ国の成り立ちが、この国の国民の本意ではない。

 それを証明する。……そういうことだな?」


「ああ。どれほど日本が豊かになろうとも、バブル期以上の富を手にしようとも、踏み越えてはならない倫理の境界線が人類にはある。

 ……だが、それを語る俺たち自身もまた、三年前のあの革命の夜、前崎の暴挙を止められず、法と倫理を向こうに回して生き長らえてきた不適合者だ。

 だからこそ――俺たちはここで、その全てのケジメをつけに行く」


十人の元自衛官、最高峰の精鋭たちが一斉にヘルメットのシールドを下ろした。


突撃(エンゲージ)ッ!!」


坂上の鋭い号令と共に、十の影が爆発的な推進力でビルの窓ガラスを粉砕。

国会議事堂諸共全てを融解させたあの夜の亡霊たちが、平和記念公園を幾重にも完全包囲していたHoundの防衛線を強引に、かつ一瞬で食い破って式典会場へと乱入した。


――その瞬間を、演説台の壇上に立つ前崎英二は正確に捉えていた。


いや、捉えていたというよりは、最初からこの展開を「完璧に予測」していたのだ。

奴らがこの俺の首を獲りに来るとすれば、この革命の記念日であり、世界中の耳目が集まる『8月6日』という不連続点以外にあり得ない。

だからこそ、前崎はこの三年間、警備のリスクを跳ね上げてでも、広島での式典開催を頑なに制止しなかった。

全ては、この最後の鼠どもを一網打尽にするための舞台装置だったのだ。


「――各員、退避シークエンスを開始。アメリカ大統領および中国最高指導者を最優先で防護し、至急シェルターへ下がらせろ」


前崎は耳元のインカムへ、周囲のSPと周辺に配備したHoundたちへ向けて極めて冷静に指示を飛ばした。


次の瞬間、前崎の眉間を正確に捉えていた超長距離からの狙撃弾は――前崎がミリ秒単位で発動させた、自身の細胞変質による超局所的高密度電磁バリアによって、キィィンという鼓膜を裂くような金属音と共に、ミリ単位の空間で弾き飛ばされていた。


「……ようやく来たか、坂上」


確固たる証拠はない。だが、前崎の頭脳には確信があった。


奴らは、世の中をこうしたいという高尚なイデオロギーや、代替の政治思想を持って俺を殺しに来たわけではない。

ただ、前崎英二という「怪物」をここで確実に排除すること、それ自体が目的であり、それこそが彼らの言う『責任の取り方』なのだと。


そして、彼らがこの場で大衆の前に姿を現し、牙を剥くこと。

それは前崎の新政府にとっても、究極の『メリット』を意味していた。


「新しい日本の社会に反発する過激派の暴挙。

 だが、前崎総統がこの国を正しく導き、未曾有の繁栄をもたらすためには、これほどの不条理な暴力をも弾圧せざるを得なかった。

 だからこそ、多少の暴力も致し方なかった」


この完璧な被害者としての政治的欺瞞(言い訳)が、全世界に向けて完全に成立する。

だからこそ、前崎は一切の手加減を捨て、全力で彼らを圧殺する。

他人のテクノロジーや、借り物の神経外骨格などではない。究極の生命として最適化された、この『俺自身の力』を以て。


「ラスカノ。銀次」


「はい」

「御意に」


影の中から、血を滴らせた暗殺者と、サイボーグの剣鬼が音もなく進み出た。


「最低限、富を生み出す国民どもに余計な被害が出ないよう、あの鼠どもを最外周で完全に抑え込め」


二人は一言の返辞も残さず、それぞれの殺意の軌跡を描いて戦場へと跳躍した。


「符宵」


「はいっす!」


チャイナドレスの裾を揺らし、軽薄な笑みを浮かべた符宵が姿を現す。


「各国の首脳陣の守護を任せる。一歩も近寄らせるな」


「了解っす。完璧にガードしてみせるっすよ」


言うや否や、符宵の気配もまた戦場から消失した。


「――シュウ」


前崎の背後、影の中から、前崎の新秩序に完全に屈服し、再調整を受け入れたかつての反逆者・シュウが重い足取りで歩み出てきた。

その虚ろな瞳には、自我の光が薄れている。


「……なんだ?」


「お前には、あの際立ってデカい神経外骨格を纏った男を任せるよ。

お前にとっても、ずいぶんと見覚えのある顔だろう?」


シュウの網膜が、 Houndの包囲網を力任せに圧殺しながら突進してくる、かつて共に戦った戦友の姿を捉えた。


「……わかった」


短い拒絶のない返答と共に、シュウの神経外骨格が不気味な重低音を響かせて駆動し、かつての仲間を屠るために地を蹴った。


「さて……。これで、本当に最後にしよう」


前崎英二は乱れた前髪を優雅にかき上げ、冷徹な微笑を湛えたまま、眼前に広がる阿鼻叫喚の戦場を見据えた。

『JAPANGU』という完璧な理想郷を永遠に完結させるための、血塗られた最後の戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。

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