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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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219/223

File:096 日本のもの

「自殺……!?」


カオリの顔が驚愕と戦慄に染まる。

彼女の知る前崎という男は、いかなる泥泥の状況に陥ろうとも、生存と勝利を貪る絶対的な捕食者のはずだった。

その男が、あっけなく自ら命を絶ったという事実が信じられないのだ。


黒岩は通信機を掴み、怒号に近い声を張り上げた。


「聞こえるか、坂上!? 前崎のクローンは本当に全部撃破したんだろうな!?」


スピーカーの向こうから、坂上の硬い声が返ってくる。


『あぁ、間違いない。

 中枢システムに干渉し、Houndの全指揮権は俺に譲渡された。

 残存していた培養槽もすべて信管を起動させて焼き払った。

 あいつが人知れず別の秘密設備でも建造していない限り、バックアップは存在しないはずだ!

 だがそんなものHoundに建設させているなら不可能だ』


「……だが、あの最期の口ぶりだ。

 肉体が物言わぬ肉塊になったからといって、あいつの『存在』が完全に消滅したとは思うべきじゃない……!!」


一ノ瀬が前崎の死体の傍らに膝をつき、血に染まった首元を検分する。

その手袋が赤く染まっていく。


「間違いなく頸動脈を正確に切断しています。即死です……。

 最初から、この結末を迎えた時の行動を決めていたのでしょうか?」


「わからん。だが、あいつの思考を今ここで考えても始まらない。

 一ノ瀬、外の状況はどうだ?」


一ノ瀬は携帯端末の防衛画面に目を落とした。


「今のところ、Houndがこの階層へ侵入してくる予兆はありません。

 よほどあの病原菌が効いているのでしょう。

 ただ、早めにここを脱出したほうがいい。

 前崎さんというシステム管理者が死んだ今、この『SGⅡ』がどう自動制御されるか、予測がつきません。

 要塞ごと自爆シークエンスに移行する可能性だってある」


「そうだな……。おい、引き上げるぞ!」


黒岩が鋭く指示を飛ばす中、周囲の制止も耳に入らない様子で、前崎の執務室のデスクを猛然と物色していたのはジュウシロウだった。引き出しを次々と引き抜き、書類をぶちまける。


「おい、ジュウシロウ! 何をやってる!」


「何か手掛かりはないかと思ってな。

 あの前崎が、ただ無駄死にを選ぶはずがない。

 絶対に何かを遺しているはずだ」


「そんな都合のいいもの、残っているかしら……?」


マスミが眉をひそめながらも、デスクの端に置かれていた前崎の個人用スマートフォンを拾い上げ、画面をタップした。

厳重なセキュリティコードの入力画面が冷たく光る。


「パスワード……。

 ランダムに試してシステムがロックされたり、データが自動消去されたらさすがに困るわね」


「それは警察組織である俺たちで預かろう」


黒岩が割り込み、マスミの手から端末を回収してポケットに収めた。


「警察はいなくなったも同然だが、科学捜査班の解析設備はまだ生きている。

 専門家に丸投げしたほうが確実だ」


その時、ジュウシロウの指先が、デスクの隠し棚から一冊の古びた手帳を引っ張り出した。

電子書籍が主流のこの時代に、前崎が自らの手で記していたアナログなノート。

そこには、ここ最近の出来事と、彼の『計画』が冷徹な筆致で書き連ねられていた。


ロス・カタス殲滅(横線で消されている)

アメリカ軍を制圧(横線で消されている)

自国の統治


一番下の項目だけ、まだチェックマークがついておらず、空白のまま残されている。


「自国の統治……? 日本国内の反乱分子を完全に排除し、新の日本を構築するつもりだったのか?」


ジュウシロウがノートを覗き込みながら呟く。


「それもあるでしょうね」


一ノ瀬が眼鏡の位置を直しながら言った。


「でも、Houndのあの圧倒的な数の暴力があれば、国内の制圧などすぐに終わらせられたはずです。

 それをしなかったのは――」


「国民が、前崎さんを支持する若者しかついてこなかったからでしょう」


マスミが冷ややかに付け足した。


「前崎さんが欲しかったのは、自分の思想を理解し、実行できる『能力のある人間』だけ。

 戦うだけのクローン兵では、国を維持する兵隊にはなれないでしょう?

 信者が必要だった」


ジュウシロウは、さらにその次のページを乱暴に捲った。

そこに殴り書きされていた文字を目にした瞬間、全員の息が止まる。


『中国と同盟を結ぶ。梁智衡との交渉締結』(横線で消されている)


「中国と同盟……だと……?」


ジュウシロウの声が驚愕で上擦る。


黒岩が即座にスマートフォンを耳に当て、通信の向こうの坂上へ怒声を浴びせた。


「――坂上! 前崎が中国と繋がっていたなんて話、マークしていたか!?」


スピーカーから、坂上の心底動揺したような罵声が返ってきた。


『馬鹿野郎! 聞いてるわけねえだろ!

 そんなもん、一歩間違えれば完全な外交問題、いや世界大戦の引き金だぞ!

 いつからそんな手を打ってやがった!?

 しかも中国に行った履歴なんて……!!』


「だよな。だが、もしこれが事実だとしたら……」


黒岩の顔から血の気が引いていく。

最悪のシナリオが、彼の脳裏をよぎった。


「もし、中国の国内に、俺たちの知らない前崎の隠しクローン施設が建設されていたとしたらどうなる……!?」


一ノ瀬が、絶望に満ちた声を絞り出すように言った。


「それは……前崎さんの意識データが、国境を越えて大陸側で覚醒する可能性があるということ。

 それだけじゃない。

 あの狂気的なクローンの高速精製技術と、 Houndの戦闘ネットワークシステムそのものが、中国という巨大な国家の手に渡ったことを意味するぞ……!」


白煙の消えぬ要塞の最深部で、一行は前崎の死体を前にして、さらなる巨大な泥沼の始まりを確信していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



プシュー、と重々しい減圧音とともに、特大のバイオ培養器のハッチが左右へと開かれた。

溢れ出た半透明の培養液が床を濡らす中、その中から、強靭に引き締まった一人の男が静かに足を踏み出す。


冷徹な双眸、一切の無駄がない骨格。

それこそが、つい先ほどまで日本を未曾有の混沌に陥れ、天空城で自決したはずの男――前崎英二の新たな「器」だった。


バックアップの意識データを完全に定着させた男は、己の濡れた両手を見つめ、ゆっくりと握りしめる。

肉体は二十代まで若返り、細胞の隅々に至るまで、全盛期と呼ぶにふさわしい超人的な活力が満ち溢れていた。


これこそが、中国の最高指導者である梁智衡(リャン・ジーフォン)と交わした、極秘の契約の成果だった。


国際犯罪組織「龍門(ロンメン)」から強奪した莫大な遺産、そのすべてを大陸の地下に隠蔽されたこの最新鋭クローン施設へと投じること。

中国側から見れば、龍門が溜め込んでいた巨万の富が手に入り、かつ最先端の技術を持つ前崎が我が国との関係を良好に保ちたがっているという状況は、野心家である梁智衡にとってまさに渡りに船の好機であった。


だが、前崎が提示した唯一の条件は、「新たに築く体制において日本人を優遇すること」という、政治的にはあまりにも曖昧で掴みどころのない要求だった。


(そんなもの、いざとなれば口約束でどうとでも反故にできる)


そう高を括っていたからこそ、梁智衡(リャン・ジーフォン)はこの怪物を自国に招き入れたのだ。


「やあ、ご機嫌いかがかな? 前崎総統。新しい肉体の居心地は」


培養室の強化ガラスの向こうから、梁智衡(リャン・ジーフォン)が傲慢な笑みを浮かべてマイク越しに語りかけてきた。

その声に不快感はない。

彼に悪意はない。

なぜなら、梁智衡は前崎を都合の良い協力者と見做しており、最初から正面切って争う気など毛頭ないからだ。


しかし、そんな凡俗の計算など、前崎の狂気の前には何の意味もなさなかった。


前崎はガラスの向こうの男を一瞥する。

その視線の動きに連動して、あらかじめ培養器のホルダーにセットされていた高威力の拳銃が、彼の右手に吸い付くように収まった。

迷いは一瞬すらなかった。

前崎は銃口を正面に向けるや否や、防弾ガラスの隙間の射線を通し、梁智衡(リャン・ジーフォン)の眉間を正確に撃ち抜いた。


乾いた銃声。大国の最高指導者は、己の過ちに気づく暇さえなく、頭部を損壊させて床へと崩れ落ちた。


「この世界に、代表者は一人でいい」


前崎が冷徹に言い放つ。

直後、死体が転がる部屋の角から、足音もなく一人の男が現れた。

……驚くべきことに、その顔、体格、佇まいは、今しがた肉塊へと変わったはずの梁智衡(リャン・ジーフォン)と「そっくりそのまま」の人間だった。

それだけではない。

彼の後ろからは、中国政府の要職を担う重役たちが何人も無表情で現れ、主君である前崎の前へと一斉に跪いた。

彼らの脳は、メタトロンで都合よく改造され前崎の手の中で自由に書き換えられたクローン兵(Hound)そのものだった。

何人もメタトロンで犠牲して成り立った技術だ。


「いやー! 壮観っすね、これ!!」


部屋の影から、パチパチと軽い拍手を鳴らしながら姿を現したのは、自らを「僵尸(キョンシー)」と名乗る少女、符宵(フーシャオ)だった。


「本当に大変だったんすからね!?

 中国のトップ層がどれだけいると思ってるんすか!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の、ウチじゃなきゃ絶対無理でしたって!」


手柄を誇るように笑う符宵に対し、前崎は感情の起伏のない声で応じた。


「あぁ……ご苦労、符宵」


「えへへ……!」


前崎はそう言って、忠実な猟犬となった符宵の頭を、機械的に優しく撫でた。

その視線は、すでにこの地下施設の手狭な空間にはなく、遥か地上の広大な大陸へと向けられている。


「さてと……これで当初の目的は、かなり前倒しで達成されたか。

 もうちょっとゆっくり事を動かしたかったのが本音ではあるのだがな……」


前崎が前を見据える。

その双眸には、日本という一国家の枠組みを超えた、より巨大な支配のヴィジョンが写っていた。


「中国と日本が合体した、一つの巨大な帝国としてもいいかもな。まあ……とにかく」


前崎の薄い唇が、冷酷な弧を描いた。


「中国はもう、私のものだ」

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