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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:094 バイオハザード

前崎が「それ」を察知したのは、自身が独りで統治を司る天空の要塞『SGⅡ』の最深部、静寂に満ちた執務室にいた時だった。

突如、足元から伝わってきた、物理的なものとも空間的なものともつかない、微かな歪みのような振動。


「……なんだ?」


前崎は万年筆を止め、冷徹な双眸を正面の大型マルチモニターへと向けた。

指先ひとつで監視カメラの映像を切り替えると、要塞の最下層、かつて空間の「画鋲」として固定された転送ゲートのプラットホームに、複数の不審な影が音もなく侵入している光景が映し出された。


拡大された映像に映っていたのは、全員が不気味なガスマスクを装着した人間たちだった。

その身のこなしは妙に無駄がなく、洗練されている。

体には神経外骨格を下に着込んだ軍服を着こんでいた。

肌が見える個所など当然なかった。


行き当たりばったりの強襲ではない。

徹底的に統制された、計画的なテロであることは明白だった。


だがそういう人種が来ることは想定済みだ。


「Hound、迎撃しろ。――害虫どもを叩き潰せ。

 なるべく生かした状態でな」


前崎の号令がシステムを介して伝達され、要塞の防衛区画に保管されている全てのHoundが一斉に覚醒を始める。

彼らが格納されている区画は、お世辞にもカプセルホテルのような人道的な空間ではなかった。

まるで、どこか遠い異国の冷たい死体保管所の棚のように、無機質なスロットの中へギチギチに詰め込まれ、脳に『経験機械』の端子を深く突き立てられている。


端子を繋いだコードがブチブチと音を立てて脳から引き抜かれる。


システムによって強制的に覚醒させられたHoundたちは、今しがたまで脳内で貪っていた「自分にとって都合の良い甘美な夢」を理不尽に中断されたことに、凄まじい怒りと殺意を滾らせた。

電子の理想郷を汚された不快感が、彼らの狂気を呼び覚ます。

瞬時に彼らの脳内ネットワークへ、侵入者の視覚情報が共有された。


標ターゲットは、ガスマスクの人間たち。数はおおよそ、20人といったところか。


「全員、殺せ!!」


システムから発せられた非情な突撃の号令とともに、狂犬たちが一斉に牙を剥いて走り出した。


前崎のなるべく生かせというのは聞こえてなかったのか。

それとも夢から覚めた不快感から出た言葉なのか。

それは本人たちにしかわからない。


切り替わって最下層のプラットホーム。

迎撃に向かったHoundたちの足音が、金属の床を激しく鳴らして迫る。


「来たぞ……!!」


防衛側のHoundたちには、洗練された軍隊のような隊列も戦術のクソもありはしなかった。

ただひたすらに、獲物へ向かって最短距離を狂い犬のように突っ込んでいく猛進。


だが、それこそが事前に坂上から知らされていた通りの、奴らの「習性」だった。

システムに脳を焼かれたこいつらは、所詮は与えられたマニュアル通りにしか動けない。

不測の事態や、想定外の搦め手に対する柔軟な状況対処能力など、最初から持ち合わせてはいないのだ。


だからこそ、呆気なくシカリオの連中を取り逃した。

それでも数が多いというだけで脅威ではあるのだが。


「来たぞ!! 全員、一斉に投げろ!!」


指揮を執る黒岩の鋭い怒号が響く。

ガスマスクの男たちが一斉にタクティカルベストのポケットから、手榴弾に酷似した特殊なキャニスターを引き抜き、迫り来る狂犬たちの足元へ向けて一斉に投擲した。


無数の金属筒が床を転がる。

だが、死の恐怖を取り除かれたHoundたちは、一歩も歩みを緩めることなく突撃を続行する。


彼らにとって、肉体の欠損など大した問題ではなかった。

なぜなら、自分たちの体は前崎の技術によって量産された、いくらでも替えが効く「クローン」だからだ。

死ねばまた新しい肉体で再生される。

その絶対的な不死の狂信が、彼らをゾンビのようにただひたすら前へと突き動かしていた。


爆発による強烈な破片が自分たちの肉体を裂く――Houndたちはそう確信しながら、肉の盾となるべく突っ込んだ。


しかし、足元で炸裂した手榴弾から飛び出してきたのは、肉を裂く鉄の破片でも、骨を砕く爆薬の衝撃波でもなかった。


凄まじい勢いで噴出し、プラットホームを一瞬で白く染め上げたのは――濃密な「ガス」と飛散した「液体」だった。


敵の頭上から噴き出す白煙と水滴を見届けながら、侵入者たちはガスマスクの奥で一斉に深く息を吸い込んだ。




この特異な形状のガスマスクを装着して『SGⅡ』へ乗り込んだのには、明確な三つの理由がある。

いや、正確に言うならば、これは単なる有毒ガスを防ぐためだけの防護マスクではない。

この作戦の成否を分ける、文字通りの生命線だった。



一つ目の理由。


――このマスクは、超小型の人工呼吸器と酸素ボンベの役割を兼ねている。


前崎の天空城『SGⅡ』は、下界の日照権問題や迎撃の難易度を上げるためだけでなく、侵入者を過酷な「高山病」に陥らせて一網打尽にする目的で、常人が生存困難な超高高度に固定されていた。


酸素の薄いこの戦闘環境下で、五感を正常に保ち、高度な運動能力を維持するためには、外部の空気に頼らない独立した酸素供給源が不可欠だったのだ。



二つ目の理由。


――前崎の網膜スキャンから「個人の顔」を完全に隠蔽するためだ。


この要塞突撃のメンバーには、戦闘経験のないカオリやマスミといった非戦闘員までもが頭数として含まれている。

前崎の狂犬どもを足止めするためのガス缶(手榴弾)を、一発でも多く搬入し、間断なく投げつけるための人員が一人でも欲しかったからだ。


幸いにも、坂上の横流ししてくれた『神経外骨格』の基礎的な同調方法さえ頭に入れれば、訓練経験のない素人でも、一流のアスリートを遥かに凌駕する超人的な機動力を発揮できた。

それがバレないためにカメラに身元を特定されないマスクが必要だった。

ちなみに失敗した場合、非戦闘員は最優先で逃げる流れとなっている。



そして、三つ目の理由。

――これが、この奇襲における最大の核心部分だ。

俺たちが投げつけたのは、単なる催涙ガスでも、殺傷用の破片手榴弾でもない。


システムによって死への恐怖を消去され、肉体の欠損すら厭わずにゾンビのごとく突撃してくるクローン兵団――彼ら『Hound』のみをピンポイントで機能停止に追い込む、まさに「天敵」そのもの。


すなわち、超濃縮された病原菌による『バイオハザード』である。


プシュー、と金属筒から放たれた白煙を吸い込んだ瞬間、最前列を走っていたHoundの一人が、まるで糸の切れた人形のようにガクリと膝を折り、激しく咳き込みながら床へと倒れ込んだ。


その異変は一瞬にして後続のクローンたちへと伝染し、数十人の狂犬たちが次々と肺を押さえ、血を吐きながら床に転がっていく。


なおかつ液体に触れたものは出血を起こし、その血が全く凝固せず垂れ流しになっていた。


それらが連鎖的な機能不全を引き起こした


『よし、ビンゴだ! 坂上の狙い通りだ!』


黒岩がガスマスクの奥で野太い声を上げ、銃を構えて作戦続行の合図を送った。


敵が次々と悶絶し、陣形が崩壊していく光景を見ながら、ジュウシロウの脳裏には、出撃前に地下の作戦室で交わされた、あの議論の全容が蘇っていた。





――会議時


「前崎の直轄軍隊であるHoundには、組織の構造上、絶対に克服できない致命的な弱点が存在する」


あの時、黒岩は坂上と一ノ瀬が命懸けで持ち出した極秘の内部資料をテーブルに叩きつけ、そう断言したのだ。


「弱点とは、あいつらの肉体が全員が純粋な「日本人」であるということだ」


「……おいおい、それがどうして弱点になるんだ?」


ジュウシロウは眉をひそめ、至極当然の疑問を口にした。


「ああ、絶対的な弱点さ。

 Houndのマスターデータのリストを確実に調べ上げた。

 大体100人程度のオリジナルとなる人間の遺伝子情報。

 それが全てのベースとなり、クローン複製を繰り返すことで、あの自称1億人の防衛部隊が成立しているに過ぎない。

 当たり前だよな。

 日本再興を目指しているのであれば日本人を主役にしないといけないのだからな」


「待てよ。前崎は、底辺にいる社会的弱者や行き場のない人間たちを救って軍隊に組織したんじゃなかったのか?

 それに不法入国の外国人だって拉致したという話も聞いたぞ。

 元の人間が100人しかいないってのはどういうことだ?」


「ああ、そのことなら僕から補足させてよ」


隣にいた一ノ瀬が、冷ややかな苦笑を交えて口を挟んできた。


「まず大前提。

 Houndは100人のクローンの外見のみをコピーしているのさ。

 つまり中身はメタトロンで全く別の人格を入れている。

 こうした方がクローンの生産も簡単だしね」


「……まったく姿形が同じで別の人格人種の奴が多くいるってことだな」


「そういうこと。

 前崎さんが社会の底辺から掻き集めてきた本当の社会的弱者たちの肉体はすべて実験材料になっていたと思う。

 新しく健康的な肉体が手に入るならそれに越したことはないしね。

 それに能力の低い一般人の脳を前線の戦闘ネットワークに繋ぐと、戦術AIの精度が濁る、処理速度が落ちるって言って、ずっと彼らの起用を渋っていたんだ。

 つまり城の外に出ている人間はその中でも結構優秀な奴らが出ているけど、中の奴らは思ったより大したことないよ。

その分の莫大なリソースとスロットを、すべて戦闘能力の実証された優秀な「Hound」に継承させるためにね。

 ハイエンドシリーズっていうのがそれだったかな?」


一ノ瀬は眼鏡の奥の目を細め、資料のホログラムを指差した。


「簡単に言えば、僕たちがこれから相手にするのは、実質的に100人程度の肉体のバリエーションに過ぎない。

前崎さんのクローン技術によって、その100組の遺伝子を持った元肉体が、何万人、何十万人分もの肉体にデッドコピーされているだけなんだよ」


「逆を言えば、そのオリジナル100人の「遺伝子的な欠陥」を特定して攻略しちまえば、百万の軍勢がいようが全てまとめて無力化できるってことだ。

  ――そこで、この兵器の出番になる」


黒岩が不敵に笑いながら示したのが、机の上に置かれた投擲用にコンパクトにしたバイオ・キャニスター4つだ。

厳重なロックがされており、一見どう開ければいいのかわからない。


「右からペスト菌、スペイン風邪、エボラ出血熱、花粉症をかなり強力にしたものが含まれている」


「……正気か? 何を考えている!?」


「現代の日本人に、これらの病気に対する抗体は一切存在しない。

 逆にヨーロッパ系統の人間に熱帯熱マラリアやデング熱の抗体がないのと同じだ。

 正確には数万人に一人の確率でレアな抗体を持つ個体もいるが、Houndの元になった100人の血液検査データを解析した結果、その中に抗体を持つ人間はただの一人も存在しなかった。

 さらに言えばな、その100人のうち数割は、重度の「花粉症」であることもデータから判明している。

 だから念押しとして、肺組織を強制的に過剰反応させるスギ花粉の濃縮抗原も追加でぶち込んであるのさ」


「Houndをそれで無力化できるのか……?」


「できたら作戦続行。できなかったら作戦失敗。シンプルだろ?」


黒岩は冷徹な目を崩さずに続けた。


「それに、万が一これで全滅させられなかったとしてもだ。

 急造のクローン肉体と共有ネットワークの間で、この未知の劇症型ウイルスがパンデミックを起こし、システムがエラーを処理して収束させるまでに、最低でも一週間は組織が完全に機能不全に陥る。

 ――俺たちは、その空白の時間を突いて前崎の首を獲る」


それが、最も近くで前崎を見てきた坂上の打倒前崎の「完璧なマニュアル」を逆手に取った泥臭い反逆のシナリオだった。


現在、目の前で繰り広げられている光景は、その狂気じみた予測が完全に的中したことを証明していた。

超高度の薄い空気、骨格による驚異的な機動、日本人のみが抗えないバイオハザード。


白煙の向こうで崩れ落ちていく無敵の兵団を睨み据えながら、俺たちは武器を強く握り直し、神の座にいる前崎のもとへと突き進んだ。

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